愛鳥家ハチ

長屋紳士録の愛鳥家ハチのレビュー・感想・評価

長屋紳士録(1947年製作の映画)
4.3
神保町シアターの特別企画「生誕120年・没後60年記念 フィルムでよみがえる――白と黒の小津安二郎」にて鑑賞。あらすじは以下の抜粋のとおり。

「小津の戦後第一作で、余儀なく戦災孤児を預かった女と、同じ長屋の住人達が紡ぐ人情噺。劇中の「のぞきからくりの唄」は、実際の酒宴で笠が披露した小津のお気に入り。」(※1)

ーー紳士の変容
本作のタイトルはなぜ『長屋紳士録』なのでしょうか。燕尾服を着た表面的な意味での紳士は登場しないことはもちろん、いわゆる一般的にイメージされる"紳士的な立ち居振る舞い"をする登場人物も特には見られません。思うに、小津監督は本作を通じて戦後日本における"あるべき価値観"や美徳を描き、「紳士」の意味内容の変化を表現したかったのではないでしょうか。日本の敗戦によって、戦前の華族にみられるような身分社会や階級社会は姿を消し、自由と平等を希求するアメリカ由来の新憲法が制定されました。戦後日本の拠って立つ価値観が大きく変容したわけです。階級の存在が自明視されていた戦前では、「紳士録(Who's Who)」に載るような名士たちが国を動かしていたわけですが、戦後においては一人一人の市民が主役です。真に平等な時代が到来したのです。
 長屋にこそ(性別を超えた概念としての)「紳士」が住まう。燕尾服を着た貴族的な紳士の社交によってではなく、市井の人々の紐帯や善意からなる絆によって紡がれる社会。富くじが当たれば宴を開いて長屋の住人に喜びをお裾分けし、皆で歌い楽しむ姿には、相互扶助の美徳がありました。困った子がいれば(当初は嫌々ながらも)宿を貸し、飯を与える。そうした小さな善意の繋がりの総体が日本という国を形作っていくのだという願い。本作は、そのような願いが込められた"映像で語る紳士録"といえそうです。

※1 https://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/program/ozu4_list.html#movie03
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