愛鳥家ハチ

チリンの鈴の愛鳥家ハチのネタバレレビュー・内容・結末

チリンの鈴(1978年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

『チリンの鈴』を単なる子羊さんのハートフル牧場アニメと思って観るなかれ。ほのぼの日常描写で安心させておいてから突如として始まる殺戮、そして子羊・チリンの慟哭と復讐への決意。親の仇たるオオカミ・ウォーを師に据え、復讐の時を待ちながら厳しい鍛錬に耐えるチリン。その末に雄々しく育つチリン。その姿はもはや飼い慣らされた羊ではなく、先祖帰りして山羊化した最強の戦士でした。最後は"正義"の弟子たるチリンが"悪"の師匠・ウォーに打ち勝ち、師匠に「俺を倒したのがお前でよかった」と言わしめるという。風雲急を告げる展開がシビれる、完全ハードな武侠譚です。

ーー復讐のメロディ
本当にサンリオ映画なのか? 確かにマイメロディは出てきませんが、"チリン、チリン"という鈴の音は復讐のメロディを奏でます。クロミは出てきませんが、心が闇に染まったダークな羊戦士は出てきます。その意味ではサンリオのキャラ名のモチーフ概念は登場していますので、サンリオの枠は外れていないといえます(?)。

ーー戦禍のメタファー
原作がやなせたかし先生だけあり、本作のストーリーラインは戦争の惨禍を想起させます。巨大国家の空爆により親を失った子供が復讐を決意し、敵国の産業や科学力を学び取り、その力に溺れながらも復讐の戦士として立ち上がる…等、現在も紛争地帯で起こっていてもおかしくはない物語です。

ーー皆人のトラウマ
"仇を討つために仇のもとで力を蓄え、復讐のときを待つも、悪の力に飲み込まれてしまう。しかし僅かに残った善性が覚醒する…"という展開は既視感がありますが、もしかしたら本作が後世に与えた可能性もあり得ます。本作は児童向けアニメ映画ですが、幼少期に観たらきっとトラウマになりますし、当該子どもがクリエイターになった場合は本作が血肉となって有形無形の影響を与え続けるでしょう。かつては小学校の体育館(?)で本作を強制鑑賞させていたと聞きますが、なかなか先生方も罪深いですね…。巨大スクリーンから放射される死と哀愁の香りは幼心に衝撃を与えたに違いありません。トラウマを植え込む田植え機です。児童向けのほのぼのハード鬱作品としてはGOAT (Greatest Of All Time)といえましょう。山羊だけに。

ーーチリンの刃
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!」とは『鬼滅の刃』における冨岡義勇の名言ですが、生かすも殺すも強者が決めることであり、弱者になす術はありません。力がなければ何もできない。死に物狂いの努力で強者になったチリンの姿からは、鍛錬を重ねて社会を生き抜く力を得よというメッセージを受け取りました。

ーー無間地獄
しかし、復讐は復讐を生みます。終盤で牧場を強襲したチリンは、子羊をかばい守ろうとする母羊の姿を目にし、かつてその身を犠牲にして自分を守り抜いてくれた母に重ね合わせます。そこで覚醒した羊としての善性が凶行に歯止めをかけるのでした。もしその場でチリンが襲ってしまったとしたら、子羊は仇打ちを決意し、終わりなき復讐の連鎖が続いていたことでしょう。

ーーダークナイト
チリンは羊たちを狼・ウォーから守り抜いたにもかかわらず、強くなり過ぎたチリンをあろうことか羊の群れは拒絶するのでした。最後のチリンの孤独な叫びは、憎しみによっては決して幸せにはなれないことを示していたように思います。だが、母の仇を取るために強くあろうとしたチリンを(少なくともその動機において)どうして責めることができましょうか。強き者の孤独を抱えながら、暗い過去を抱えながらも自分の中に残っていた正義に気付いたチリンは、闇の騎士・羊界のダークナイトと呼べるのではないでしょうか。傑作。
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