東京キネマ

太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男の東京キネマのレビュー・感想・評価

1.5
アメ公に“きつね”って誉められても・・・


結構期待してた映画だったんですが、全く食い足りません。 最後までこの大場栄大尉の何が凄かったのかが分らない。 いや、実際立派な人だったのは知ってますよ。 でもどれだけ酷い状況で、そこで何を考え、どう判断したのかってところが伝わってこない。 何も心に響かないのです。

それにも増して不愉快になるのは、「米軍=善」「日本軍国主義=悪」としているところ。 特にこの映画のメンタリティーが良く分かるのは、原作から削除された部分です。(以下、Wikipediaから一部抜粋)

・原作では、木谷(山田孝之)の青野(井上真央)への恋愛感情がはっきり描かれている。 青野は米兵に撃たれ、そこに木谷が駆けつけ、木谷の腕の中で青野は息絶える。 嘆き悲しむ木谷が米兵に銃剣で刺し殺される。 しかし映画では、青野は撃たれるが病院に収容されて助かる。 青野が撃たれた時には木谷はそもそも映画では登場していないし、最後まで生き残って山に籠る。

・堀内(唐沢寿明)のエピソードが違う。(映画では、倉庫にこそ泥に入ってそこで殺されたような扱いですが、事実は全く違います。 この堀内今朝松一等兵という人は、アメリカ軍にサイパン・タイガーと恐れられ、5000ドルの懸賞金まで懸けられた人で、実際は大場隊が米軍に囲まれあわや玉砕という時に、米軍の背後に仁王立ちで機関銃を乱射して大場隊を助けています。 堀内一人に対して、米兵300~400人の一斉射撃で悶死してしまうのですが、この時アメリカ兵40人以上を殺傷しています。 まさに日本軍人らしいあっぱれな死に様ですが、これも消滅)

つまり反米感情が起きるようなシーンは全て削除されています。 逆に増えたシーン(勘違いで日本人通訳を殺すシーンなど)は、頑迷な日本軍国主義という印象を持つように設計されています。 これはある意図に基づいて作ったとしか思えません。 それも見事に東京裁判史観のまんま、いわゆるGHQが戦後言論統制して作り上げた戦争感の延長なんです。 まるで、アメリカ軍は聖人の扱い。 戦時国際法を片っ端から無視して、日本の民間人を虐殺しておいて、その犯人は日本の軍国主義ってことになっているのです。

この映画のテーマは 「何故、投降せずに自ら死んでいくのか?」 ってことですが、こんなこと考えれば当たり前のことです。 投降したって殺されるからですよ。 大場隊が民間人と一緒になって逃げたのは、投降させるとどうなるか知っていたからです。 1946年の『アトランティック・マンスリー』誌に、大平洋地域担当の従軍記者エドガー・ジョーンズがこんな記事を載せています。

『われわれは捕虜を容赦なく撃ち殺し、病院を破壊し、救命ボートを機関銃掃射し、敵の民間人を虐待、殺害し、傷ついた敵兵を殺し、まだ息のある者を他の死体とともに穴に投げ入れ、死体を煮て頭蓋骨をとりわけ、それで置物を作るとか、または他の骨でペーパーナイフを作るとかしてきたのだ』

さらに、日本兵がすぐに死ぬことがないように、火炎放射機の炎を調整していたという事まで書いています。 サイパン戦は普通の戦闘なんかじゃありません。 攻撃予告もせずに東京大空襲の2倍もの砲弾を浴びせ、民間施設も片っ端から攻撃、非武装船の旗を揚げていた避難用の船もすべて撃沈し、尚且つ、毒ガス弾まで使用していたのです。 こんなものは虐殺としか言いようがないでしょう。 しかしこういったニュアンスが想像できるようなシーンは、この映画には一切ないのです。

いや、もっと悲惨さを強調して、どれだけ日本人が酷い目にあったかを描く方が映画になるだろう、ってことが言いたいんじゃないんです。 何故、日本人が投降せずにバンザイ突撃するのか、生きて虜囚の辱めを受けず自害するのかっていうのは全て理由があって、その時の状況判断があっての“選択の余地のない行動”だったのです。 まずは事実を事実として描く。 それがなけりゃ何故起きたかの理由が分からない。 理由が分からないから日本の軍国主義のせいにして、それで良としている訳です。 これがアメリカ人が作るアメリカ映画だったらどう考えようがその国の勝手ですから別にいいんです。 でもこれ日本の資本で日本人が作ってる映画な訳でしょ。 だったら、事実認識としても、映画を作るべき思想としても違うでしょ、ってことなんですよ。 アメリカ人が自国の立場で書いた原作を、何を有難がって見なきゃいけないんだよ、っていうのが私の正直な感想なんです。 尚且つ、ご丁寧にもアメリカに配慮して自主規制までしている。 もうここまでくると、情けなくて涙が出てきますよ。 死んで行った日本の兵隊さんが可哀想です。俳優陣だってとっても素晴らしい芝居をしているのに、すべて帳消しです。本当に勿体ない。

だからテレビ局に日本の戦史もんを作らせちゃダメなんですよ。だってあいつ等日本人じゃないんだもん。
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