yoshi

仕立て屋の恋のyoshiのネタバレレビュー・内容・結末

仕立て屋の恋(1989年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

ハゲ、チビ、デブ。
自分に何かしらコンプレックスがある人は主人公に必ず共感するでしょう。
また孤独な生活を知る人も主人公に共感するはず。
私もその一人です。

孤独な中年男の哀しい純愛。

恋する彼女に他人との情事を見せつけられても、殺人の濡れ衣を着せられても、
「君を少しも恨んではいない」と言えるとは…。
このセリフの瞬間、主人公のこれまでの虐げられてきた人生を想い、泣けるのです…。

物語は1人の女性の殺人事件発生から幕を開ける。

主人公のイール氏(ミッシェル・ブラン)は、見た目はハゲで、チビで、小太りの男。肌艶からして40前後の年齢だろう。

身なりは仕立て屋らしく、しっかりと背広やコートを着こなした紳士。
神経質なほど、几帳面な生活をしている。
孤独に一人で生きていて、人間嫌いだ。
彼としては普通なのだろうが、社交性がない。
見た目からバカにされた嫌われ者、社会のいじめられっ子のような存在だ。

それは過去に性犯罪で捕まったこともあるのも要因の一つ。
警察は殺人事件の捜査線上、性犯罪の可能性を考え、イール氏をも容疑者の一人に含む。

つまり、そのハゲ、チビ、デブという身体的特徴により、イール氏は世間から笑われ、孤独な生活を強いられている。

一片の隙もない、パリッとした完璧な身なりは、馬鹿にされまいとする彼なりの防衛線だ。

「イジメを受けた!」と自覚のある経験をお持ちの方は分かるだろうが、精神的・肉体的な被害を避けるため、加害者から回避する行動をとったり、何もされないよう「隙を見せない」行動や言動をして防衛線を張る。

イール氏の身なりは、あまりに完璧なゆえ、彼は明らかに自ら人を遠ざけている。

周りの人々が彼を好いてくれないから、彼も人々を好きになれないのである。
孤独な生活が長く、表情に変化がない。

性犯罪という過去は詳しく語られないが、どう考えても「寂しさのあまり、ついやってしまった…」としか思えない。

彼に共感できない人は、きっと彼を「暗くて不気味だ」と短絡的に括るだろう。
また心を開かない彼を「意固地にならず、もっと心を開けば良いのに」と諭したくなるだろう。

しかし、考えて貰いたい❗️
そう思うこと自体が「上から目線」であり、すでにイール氏を精神的に下に見て、馬鹿しているのだ❗️

そんな彼だが、社会との接点がない訳ではない。
イール氏はボーリングの名手で、ボーリング場から小遣いを貰ってパフォーマンスもしているが、そんな観客との触れ合いは、その場限りのものとして、彼は割り切っている。
「スゴーイ」と賞賛されても、特に愛想良く振舞う訳でもない。

いくら褒めてくれたとしても、他の場所で出会ったら、見向きもされない経験を充分に味わっているからだ。

そんな恋愛対象と見られない彼は、肌の触れ合いだけを求めて、売春宿に通ったりもしている。

どうしようもなく、孤独な人間なのだ。

そんな彼にも生きる楽しみがある。
3年前に道路を挟んだ向かいのアパルトマンにアリスが越してきて以来、彼女を覗き見、恋をしてしまったのだ。

夜は部屋の電気を点けない主義で、これまでアリスに気付かれなかったが、ある雷の夜に稲光りで窓から見ているのを見つかってしまう。

アリスは覗かれていたことを知ると、何故か性的に挑発的な行動を取り、イール氏に近付く。

イール氏は最初は彼女を拒否する。
彼としては覗くだけの恋で良かった。
もし彼女に関わったとしても、嫌われることは目に見えている。

アリスがイール氏に近づいた理由。
それは、アリスの婚約者エミールの犯した殺人の死体遺棄と証拠隠滅の共犯者であることを見ていたのではないかという疑念からだ。

もちろんイール氏は、そのことを知っていた。
刑事もイール氏が何か知っていると睨み、彼につきまとう。

しかし、彼女が逮捕されれば、もう彼女を見ることが出来なくなってしまうから、イール氏はその事実を言わない。

彼女が積極的に迫ってくるため、話もするようになり、食事も一緒にしたりする。

そこで彼は事件のことを知っているが、アリスを愛しているから警察には通報しなかったと告白する。

彼に愛を告白されても「私にはどうもしてあげられない」と答えるのだが、イール氏の一途な愛に少しずつ心を動かされている。

愛情を告白したイール氏は、もう恐れない。
スケート場とかボクシング観戦とか、エミールと一緒のアリスをストーカー的に追いかける。

ボクシングを男友達と夢中に観戦するエミールから離れたところでアリスの腕や胸に触れる。

彼女も拒絶はしない。
官能を感じているように見えるが、これまで黙秘したイール氏の純粋な愛情に対する感謝の報酬のようだ。

エミールを愛していると言う彼女だが、その実どこかでエミールの自己中心的な愛が嫌になっているのも事実。

肉欲とは全く違うイール氏の愛し方に惹かれてもいる。

イール氏はスイスに家を持っているから、一緒に逃げようと提案し、彼女に列車の切符を渡す。

イール氏は人から嫌われる存在として自分と似ているネズミを飼っていたが、そのネズミを野に放つ。
生活を捨てる覚悟が見て取れる。

駅でアリスを待つが…ついに彼女は現れなかった。

落ち込んだイール氏が駅から部屋に戻るとアリスと刑事が待っていた。
彼女は隠していた被害者の遺留品のバッグをイール氏の部屋に隠し、警察に通報したのだ。

イール氏はアリスの罠に嵌められ、殺人犯に仕立てあげられたのだ❗️
しかし、裏切られたにも関わらず、「君を恨んではいない。ただ死ぬほど切ないだけだ。」イール氏は言う…。

世間から拒絶されてきた人間の、やっと掴みかけた幸せが、残酷にも一瞬にして滅茶苦茶に破壊される❗️
何という残酷な愛の結末だろうか…。

警察の隙を見て、イール氏は屋根の上に逃げる。
足を滑らせて落ちそうになり、両手で宙にぶら下がるが、力尽きて落ち、絶命する。
イール氏の部屋の窓から冷ややかにその様子をアリスは見ていた…。

考えてみればアリスは相当ひどい女だ。
自分を愛していると告白し、疑われながらも自分を守ってくれようとし、どこかで惹かれてもいた男を、自分の婚約者の身代わりに殺人犯に仕立てるわけだから。

彼女にはイール氏が彼女をかばって、真実は言わないという確信があったのだ。
精神的な力関係で彼女の方が優位にあることを充分に理解してからこそ。

なぜ、彼女が最終的にイール氏を殺人犯に仕立てて、真犯人の婚約者エミールの方を選んだのか。

それは彼女のエミールに対する愛が深かったからでもなければ、何がなんでも自分の共犯の罪から逃れようとしたためでもない。

あまりに純粋すぎるイール氏の愛は自分にとって重荷だと感じたのではないだろうか。
それでその愛を断ち切るためにイール氏を罠に嵌めたように思える。
例え、イール氏とスイスへ逃げおおせたとしても、その後のイール氏との生活に彼女は魅力を感じてはいなかったのだ。

映画はここで終わらず、エピローグで殺人事件の解明を見せる。

イール氏は2人でスイスに逃げられると思っていたため、公園で発見した血のついたエミールのコートなどの遺留品と、アリスは殺人そのものには無関係だったことを告げる手紙を駅のコインロッカーに入れて、その鍵を担当刑事宛てに送っていた。

結局エミールとアリスの犯罪はバレてしまうというラスト。

勧善懲悪というわけではないが、イール氏が全ての罪を被り、アリスやエミールがこのまま無罪のままでは、納得がいかない。

報いを受けるべき者は、当然に報いを受けるのは然るべき結末だろう。

この映画は殺人事件のミステリーではなく、そこに関わった人間模様、特にイール氏のラブストーリーに特化している。
(なぜ、殺人事件が起こったか、動機などどうでもいい。)

主人公に共感できない人には、単なる「ストーカー」映画にしか見えない。
イール氏の孤独を察することが出来ないからだ。
イール氏に共感できない人は、男はエミールのように若く、自信家であろう。
女はアリスのようにイール氏を不憫に思いながらも、結果拒絶する上辺だけの聖母だ。
社会的弱者の気持ちを分かろうとしないのだ。

主人公の中で、窓から見える彼女は、見ているだけで良かった。
まさに偶像崇拝に近い。
主人公が彼女を見る眼には、悟りの境地すらある。
そこには虐げられてきた者の深い哀しみと、未来永劫、人と関わることのない者の危うい意志が感じられる。

私は初老だがまだハゲでもデブでもない。
(少し髪は薄くなったと感じているが)
身長も176㎝ある。
幸いにも結婚することができた。

しかし、過去にイジメを受けた経験があり、若い頃、自分に自信は持てなかった。
都会で誰にも本心を話すことなく、孤独に生きた時期がある。

そんな時期にこの映画は劇場で見た。

他人の幸せを羨み、それが決して自分のものにはならない虚しさを知っていた。
若い頃、将来イール氏になる可能性は充分にあった。

なので最後に言いたい。
若くて、容姿端麗で、自分に自信のある人は決して見ないでほしい❗️
イール氏が気持ち悪いというレビューを書く人は、彼の孤独を想像できない、少なからず自信家の人間だ。

そんな人が見ても、何も得るものはない。
「まだ早いんだよ。若僧」と感情的になるほどに。
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