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病院坂の首縊りの家のyoshiのネタバレレビュー・内容・結末

病院坂の首縊りの家(1979年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

市川崑監督×石坂浩二主演版金田一耕助シリーズ第5作にして最終作。
原作小説でも金田一耕助、最後の事件だ。
おそらく当時、他社映画やTVと金田一が乱発され、終止符を打ちたかったのだろうが、決して「もう、いいや」という適当な造りではない。
最終作にふさわしく、シリーズ中、最も登場人物の人間関係が複雑な事件だ。

若い頃に見た時には、物語についていけなかった。
誰と誰が血縁にあるのか、全くもって混乱してしまったのだ。
再見して、ようやく全体像が把握できた。

とはいえ、終始頭をフル回転させないと、到底ついていけない。
それだけ複雑な物語を監督は見事にまとめあげている。
(何せ、原作では金田一耕助をもってして解決までに20年を要した事件。
この長編小説を2時間超でまとめあげた市川崑監督の手腕には驚嘆せざるを得ない。)

これまでの作品同様の直系の血縁関係の複雑さに加えて、2つの家の存在に翻弄された悲しい女性の姿が浮かび上がる。
その分、トリックや謎解きの楽しみは薄いのだが、本作の美しいラストに、彼女の壮絶な「運命」を想像すると、やはり泣けてくるのである。

本作はシリーズ中、最も悲しい女性の人生を描いた物語でもある。

今回の見どころは、役に立たない警察を尻目に写真館助手・黙太郎(草刈正雄)との共同捜査、バディ・ムービーの様相である。
(石坂金田一と同様、身なりは小汚いが、眼は澄んでいる草刈正雄。丁々発止のやりとりが、なかなか良いコンビである。)
金田一は現地捜査をその助手に任せて「なぜ、今それを調べるのか?」と、疑いたくなるような別行動の捜査が多い。
放浪する金田一は、セリフも少なく、このままいなくなるのではないか…?と、別れの予感を募らせる。

金田一は最後の最後まで捜査関係者にも観客にも手の内を明かさないが、全ての伏線が一つに繋がるラストは、やはり圧巻である。
決定的な証拠を誰にも見せず、理由も言わず、闇に葬るハードボイルドさも新鮮。
そして金田一耕助の出生が語られるのもポイント。
「放浪の天使」金田一も、やはり1人の人間だったと思えてきて親近感が湧く。
最早本作は自殺するとわかってて、あえて見逃す、ラストシーンの虚無感と同時に金田一との別れが寂しくなる…。

昭和28年、奈良県吉野。
この街に古くからある本條写真館に一人の女性が出張撮影をお願いしたいと訪ねてくる。
彼女の話では兄の結婚写真らしい。
撮影場所はかつて女性が自殺した廃墟。
殺気立った花婿に、朦朧としている花嫁。
金屏風の上には曰くありげな風鈴が吊られており、なんとも不気味な光景だった。
無事に撮影は終了。
程なくして依頼主の女から電話が。
「風鈴を撮影してくれ」と奇妙な依頼。
しぶしぶ廃墟に戻ってみると、そこには花婿の生首が風鈴のように吊るされていた。
その廃虚はかつて女性が自殺し、「病院阪の首縊りの家」と呼ばれていた場所だった…。

金田一が渡米前に、本條写真館でパスポートの写真を撮影したことから巻き込まれていく事件。

導入部こそ前4作のように、陰鬱な雰囲気の中の衝撃的な殺人と、謎に惹かれるのだが、ボヤッとしていると、人間関係の複雑さを頭の中で整理しているうちに、ものの見事に物語に置いていかれる。

物語を掴むには、少なくとも…
五十嵐千鶴(入江たか子)
法眼弥生(佐久間良子)
山内冬子(萩尾みどり)
山内小雪・法眼由香利(桜田淳子、二役)という4代に渡る血筋を理解する必要がある。
劇中の金田一すら「全く、分かりません」と、その複雑さに苦戦する。
しかし、市川崑監督が見事にまとめているため、テンポが悪くならない。

写真に写った夫婦は、生首の死体となった花婿は山内敏男、花嫁は山内小雪と言い、二人は血の繋がっていない兄妹であると判明する。
さらに、その兄妹は、過去にそこで首を吊った山内冬子の子どもだと分かる。

そして次々に「首縊りの家」に関った人間が死んでいく。
写真館の主人・本條徳兵衛殺、敏男のバンド仲間・吉沢…。
どうやら病院の持ち主であった法眼家に関わりがあるらしい。
写真に映る山内小雪とそっくりな娘・法眼由香利、そして、その母親の法眼弥生が鍵を握っているようだが…。

金田一は法眼弥生の亡き夫・法眼琢也の歌集を見つける。
その歌集は山内兄妹のことが詠われ、また東北のことも詠われていた。
繋がりの全く見えない三件の原点は東北にある、と東北へ向かう。

金田一の助手のような役目を担うことになった写真館助手の黙太郎(草刈正雄)は、「首縊りの家」で首を吊った山内冬子について調査する。

東北での調査を終えた金田一は法眼弥生に語りだす。
弥生の壮絶な過去について…。

五十嵐猛蔵という軍閥の男(この男が諸悪の根源である。欲を言えば名優にもっと悪そうに演じて欲しかった。)が、縁戚である病院一家の法眼家の乗っ取りを企て、無理やり弥生の母である法眼家の千鶴(入江たか子)と結婚。
これは政略結婚であり、愛の無い結婚。

千鶴の連れ子で、まだ十五歳だった義娘・弥生を猛蔵は手籠めにして弄び、その様子を本條写真館の先代に撮影させた。
(結構、衝撃的である。何という鬼畜か)
さらにその強姦により、法眼弥生が生んでしまったのはなんと、山内冬子だった。
(冬子は生まれてすぐに引き離される。山内は引き取られた先の里親の姓)

その後、五十嵐猛蔵は、弥生に好きな人がいたにも関わらず、自分が強姦した事をネタに脅迫し、無理矢理、法眼病院の跡取りの琢也に嫁がせようとする。
(義理の娘にも政略結婚を強要した。女性を道具としか扱っていない非道い男だ)
しかし、助けようとした母・千鶴と揉み合ううち高所から落下して猛蔵は死亡。

生活に困った母・千鶴のために、弥生は仕方なく法眼琢也に嫁いだのだった。

やがて琢也との間に由香利が生まれる。
それからしばらくして法眼家に琢也の愛人だった山内冬子が訪れる。

冬子は生まれた頃から持っていた南部風鈴から自分の実母が愛人・琢也の正妻である法眼弥生だということを突き止めたのだ。

夫の愛人は、自分の子である冬子だった!
さぞ弥生の胸中は複雑だったろう。
しかも、その冬子は、弥生が事実を知った時には既に死んでいる。
弥生の娘・由香利と冬子の娘・小雪がそっくりなのも無理はない。
法眼琢也の腹違いの娘なのだから。
(弥生にとっては山内小雪は自分の孫にあたる。)

冬子は実母・弥生の元を訪れ、話をしようしたが由香利に「父の愛人と会わせるわけがない。乞食め」と罵られ追い払われる。

絶望した山内冬子は首を吊って自殺した。
冬子の子・敏男は法眼家へ母が訪れたせいで冬子は自殺した、と思い込み、それ以来、法眼家への復讐を誓っていた。

さらに何年か経ち、経営危機に陥った本條写真館の主・徳兵衛は先代が残した乾板から「あの写真」を復元できる、と病院を引き継いだ弥生を脅迫しはじめる。

弥生は徳兵衛を風鈴で殺そうとするが失敗する。
また、同じころに病院坂の町に敏男と小雪がやってくる。
敏男は血のつながらない妹・小雪を女として愛し、求婚までするが小雪はそれを拒絶する。

そして敏男は復讐計画を実行。
敏男は法眼由香利を拉致し、小雪と瓜二つなのに驚くが、薬物を打ち込み、身体の自由を奪う。
そして本條写真館を首縊りの家に呼び寄せ、結婚写真を撮影。
「母親を殺した家の娘(血筋)を奪った」と法眼家に知らしめたかったのだ。

しかし、小雪と敏男が暮らすガレージで、抵抗する由香利を敏男は誤って突き飛ばし、由香利は頭を打って死亡する。

小雪に愛を拒絶され、同じ姿の由香利にも拒絶された敏男は、愛に絶望し、咄嗟に自分の首を切る。
息の絶える直前に小雪に「俺の生首を(母親の冬子と同じように)首縊りの家に吊るせ」と遺し、息絶える。
それほどまでに敏男の法眼家への怨みは深かった。
怨んだ相手が母・冬子の母親、つまり実の祖母である法眼弥生とも知らずに…。

混乱した小雪は、唯一頼れる人物・法眼弥生を呼び出し協力を依頼。
弥生は自分の娘・由香利が死んだことを深く悲しむと共に、由香利にそっくりな小雪の境遇に、頼るべき者を失った過去の自分を重ね合わせ協力することとなる。

ここから、それまでずっと被害者であった弥生の運命の歯車が狂い出し、その手を血に染めていく…。

敏男の遺言通り、病院坂の首縊りの家に敏男の生首と南部風鈴、そして法眼琢也の歌を吊るした。

それ以来、弥生の進言により、小雪は容姿が瓜二つの法眼由香利になりかわる。
全て山内小雪の犯行に見せかけるために、小雪が罪を償い自殺したと偽り、遺書を書いて、警察に送ったのだ。

また、脅迫する本條徳兵衛を殺害し、さらに法眼由香利の正体が山内小雪であると見抜き脅迫してきた吉沢も殺害した。
自らの忌まわしい過去と、それによって生まれた孫の小雪の未来を守ろうとしたのだ。

やがてその真実をひそかに聞いていた小雪は弥生に抱きつく。
「私は由香利として生きて行きます!」と弥生に誓う。
(事実、小雪は弥生の孫であるため、相続は可能だろう。実質、犯罪に直接関与していない小雪の未来は守られたのだ)
弥生も小雪のこれまで苦労してきた人生に同情する。

そこに関係者一同が現れ、等々力警部も金田一から真相を聞かされる。
金田一は事件の重要証拠品・乾板の箱を見せるが、その中身だけは見せず「法眼弥生の女を封じ込んだもの」とだけ伝える。

全員が真相を全て知った後、法眼家お抱えの俥夫の三之介がやってきて、屋根裏部屋に匿ってきた弥生の母・千鶴が死んだことを伝える。
金田一たちは屋根裏部屋に駆け込み、千鶴の死を確認する。

しかし千鶴の下に集まった面々の中に弥生の姿が見えない。
等々力警部と阪東刑事は弥生を捜しに出る。
だが阪東が重要証拠品の乾板を回収しなければ、というセリフに等々力は「そんなものあったか?」と、とぼけて捜しに出かけて行った。
(悲劇の女性、弥生の尊厳を守ろうとする等々力警部の何と粋な計らい。)

そして金田一は弥生の壮絶な人生を決定付けた一枚の乾板を石に落として割るのだった…。

法眼弥生は敏男の胴体と由香利の遺体の始末やそれ以外にも事件に協力してくれた人力車俥夫の三之介に感謝していた。
「これから法眼家はどうなるのでしょう」
「きっと小雪さんが上手くやってくれるでしょう」。
弥生の希望で娘の冬子が命を断った病院坂の首縊りの家の前に到着する。

三之介は弥生を人力車から降ろそうとするが、弥生は人力車の中で自ら命を断っていた。
その満足そうな美しい死に顔に、三之介は帽子をとり、咽び泣く。

それを坂の上から金田一は見下ろし去っていった…。

長い…!、とても長い‼︎
金田一が最後に解明した悲劇の要点を抜き出すだけでも、かなりの労力だ。
しかし、これでも本作の悲劇性は伝わらないだろう。

本作は架空の物語だが、それでもかなりの時を経て、運命とも言えるほどの偶然が重なり、悲しい惨劇が訪れてしまうところに「女性の一代記」のような重みがある。

(本来なら、もっと時間を掛けて語らねばない重厚な物語だが、それでは観客はダレてしまうだろう。)

この作品は石坂金田一シリーズで、一番悲しい女性の物語だ…。

オープニングのフォントが変更されたのに加え、監督お得意のアヴァンギャルド性も鳴りを潜めているため、シリーズ中では最も印象が薄い一作かも知れない。

しかし、それらの変更に合わせて、原作者である横溝正史の石坂浩二への餞とも言える登場。
そして、これまで描かれた戦後の混乱に変わり、進駐軍がもたらした欧米文化が浸透しているところなど、本作には、そこかしこに「時代が変わる」という空気が感じられる。

本作で山内兄妹が所属する進駐軍の駐屯地をまわるジャズ・バンドが、その象徴だ。
(劇中の歌唱力と一人二役の演技に桜田淳子の底力を見た。統一教会入信の件がなければ、大女優になっていたかもしれない)

時代は変わる。
自分が手掛けるべき戦後の混乱が生んだ複雑な悲劇はもう起こらないだろう。
自分の時代は去った、と言わんばかりに、金田一もアメリカに旅立つ。
(原作では金田一が傷ついたあまり探偵をやめて渡米してしまう。)

雰囲気こそ陰鬱だが、こんなにも上質で丁寧に作られたシリーズが、もう見られないなんて…。
市川昆監督×石坂浩二金田一のシリーズが70年代に製作されていたことに、今更ながら驚く。
あれから時代は変わったが…アニメや漫画原作の映画が溢れる現在の邦画界の復活を期待してやまない。
シリーズを今回続けて全て見直し、本作の観賞後に、時代を憂いた。

追記。
これまで忘れていたが、金田一耕助は私と同じ東北の生まれであることが、劇中で語られる。
とても親近感が湧いたのは言うまでもない。
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