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十階のモスキートのKKMXのレビュー・感想・評価

十階のモスキート(1983年製作の映画)
4.7
 本作は裕也3部作の2作目で、裕也自身が脚本を書いているガーエー。

 正直、『水のないプール』に比べてサイコ度は減退したものの、切迫度は前作以上、そしてクライマックスの爆発が凄まじいです。バランスでは前作が勝りますが、とにかくパンクな狂作でして、本作の方が圧倒的にアツくなれます。


 千葉の君津で交番勤めをしている裕也演じる男が主人公。男は警察の昇進試験も受からず、妻子には逃げられ、後輩たちにも軽くバカにされています。人生にまったく意味を見出せず、骨の髄まで虚無に侵され、精神的には完全に孤立しています。はっきり言って前作の主人公をトレースしてます。裕也自身、このような面を内側に抱いていたのでしょうね。

 これまで20年真面目に勤め上げてきましたが、ここまで虚無に侵されるともう適応を保てません。ギャンブルと酒に溺れ、多重債務者になっていきます。そして今作も裕也らしくレイプをやらかし、今回も救いようのないクズ野郎となっていきます。男に敵意を抱く元妻に対して突っかかるのはまだ理解できますが、まったく関係ない同僚の婦警さんをいきなりレイプするとか、めちゃくちゃ異常です。


 本作の白眉はやはりクライマックスでしょう。行き詰まった男が暴発するだけなんですが、この時の裕也のテンションと演出が異様。狂気と笑いの紙一重っぷりがヤバいです。

 元妻に金を無心しに行って追い返された男は家に帰ると荒れ狂います。なぜか部屋はビール瓶とティッシュに敷き詰められ、パソコンの画面には真っ赤な文字の「オMANコ」がびっしり!
 翌日、借金取りの声が脳内でリフレインするほど完全に頭がおかしくなり、男はあちこち走り回る(この時のランニングフォームがまた無様!)。そして彷徨った挙句に暴発。暴れ演技はさすがのロッケンローラー振りを見せます。
 しかし、本質的にショボいのが裕也。戸棚のガラス戸を叩き割ろうとして、割れずにボイ〜ンと拳が跳ね返されます!「痛って…」とか呟いて手をブラブラさせたりするのが最高に情けなくて、最高に惨めで、最高にキュートでした!おそらく脚本では割れるはずだったのでしょうが、このダサすぎるアクシデントが起きちゃうのが裕也です。いくらカッコつけてもダメすぎの愛すべき男。このシーンは裕也のすべてが詰まってましたね〜!

 そして暴れ終わって我に返った後にのたまうセリフにはマジで驚愕!目が点でした!ホント、お前何言ってやがる、とひっくり返ります。これは裕也映画きっての大爆笑シーンでした。天才ですよ裕也。気になる方は是非、どっかで観てください。


 それから、本作を観てしみじみ感じたことですが、裕也は顔というか目がすごい。
 オープニングで電気屋をさすらう裕也が映し出されますが、虫のようなツラです。これほど無機質な目をした人間がいるのか、と戦慄しました。死んだ目を超えてます。ここまで光のない瞳だと不気味な迫力があり、あんな弱そうな裕也が荒くれロッカーどものボスになれた理由が想像できました。あの目はヤバいです。



 また、本作と前作に共通する特徴として、主人公に名前がつけられていないことが挙げられます。『男』としか記述されていません。
 人は対象に名前をつけることでそれを認識します。つまり、名前がないということは、誰にも認識されない、この世に存在しないということになるのです。まさに『無』。これほど寂しい存在はないのではないかと思います。

 しかし、これは内田裕也のこの世における在り方とパラレルになっているように感じました。
 ロッカーと言えば音楽家です。作詞作曲しなくても、歌手や演奏家として実績がなければロッカーとは言えないでしょう。裕也は自称しながらもヒット曲はおろか代表曲もない。
(前回の感想文にも書きましたが、『ア・ドッグ・ランズ』は名盤だが認知度は低い)

 実は裕也は裏方としての実績が偉大で、ロックコミュニティに所属している人たちは裕也をまごうことなきロックンローラーとして認識していると思います。しかし、それはあくまでコミュニティ内における評価です。
 世間一般は、おそらく裕也を奇人変人として認識していたと想像します。ロックンロールといっても内実が見えづらく、本当の意味でロックの人とは思われてなかったでしょう。矢沢永吉や忌野清志郎、桑田佳祐らと同列に捉えられていたとは思えない。彼はその異様なキャラによって面白がられた存在だったと考えられます。

 つまり、ロックンローラー=作品を生み出す音楽家というこの世の理には当てはまらず、ミュージシャンという意味では『無』に等しい存在だった裕也。
 ちなみに十階のモスキートというタイトルは、「弱っちい蚊かもしれないが、刺すことはできるんだぜ」という強がりが込められているようです。裕也にとって映画制作・出演とは、本分では蚊に等しい男のひと刺しだったのではないか、と考えています。ただ、個人的には蚊どころかスズメバチ並の殺傷力があると感じています。

 やはり裕也は天才!シェケナ!
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