ラウぺ

PASSIONのラウぺのレビュー・感想・評価

PASSION(2008年製作の映画)
4.2
中学校の教師をしている果歩(河合青葉)は29歳の誕生パーティの際に友人たちと久しぶりに再会する。果歩は智也(岡本竜汰)と婚約していたが、誕生パーティの些細な会話から智也が友人の貴子(占部房子)と一時付き合っていたことが判明する。貴子は現在は健一郎(岡部尚)と付き合っている。パーティの後に男どもは貴子の家になだれ込むことになったが、それを契機にそれぞれが秘めていた心の本音が暴露されることになる・・・

濱口竜介監督の東京藝術大学大学院の終了作品として2008年に監督した作品。
「栴檀は双葉より芳し」といいますが、とても学生の終了作品とは思えない見応え。
冒頭の15分くらいのところだけでも濱口作品らしい描写が既にあり、思いがけない展開とともに、人の内に秘められた本音が次第に明らかになっていく展開に引き込まれます。

主役といえるのは一応果歩と智也なのですが、それぞれの登場人物のキャラクターが明確で、その発するセリフもそのキャラクターならさもありなんというごく自然なもの。
会話の発展ぶりもとって付けたような不自然さがなく、そこから物語が思いがけない方向に流転していくところも違和感なく受け入れられるのはさすが。

一夜明けて果歩が中学の授業で暴力についての話をする場面では最初物語の空気が変わり唐突感があるものの、それはその後に繋がるフックとして良く練られた展開であることが分かります。
この暴力についての話もまた聞きどころのひとつ。
果歩は暴力の種類について、表層的なものではなく、内面世界での種類として大きく二つに分けられると指摘。
その解決法について暴力の連鎖を止めるには一つしか方法がない、と強調する。
ここは映画のテーマ的に大きく枠からはみ出た、監督の思いが無制限に拡散する非常に大胆なところではあるのですが、その思いの強さ、強烈な意思の力に大いに納得せざるを得ないのです。
この暴力についての話はあくまで個人の暴力についての話なのですが、その関係はウクライナとロシアについての関係とまったく同じであり、解決法について現実の問題としていかに実現が難しくとも、本来的な意味での解決とはこの映画で指摘されるような方法に拠らなければ、解決したとはいえない問題であろうことは容易に想像しうるものだと思います。

果歩はその一見すると線の細い受動的な立ち位置のキャラクターですが、この授業での凄まじいエネルギーの放射のせいで、帰宅して疲労困憊した様子を見せる。
そこが後半での驚きの展開に繋がる強烈なドライブ感がちょっとした驚きでもあります。
そこには『寝ても覚めても』や『スパイの妻』『ドライブ・マイ・カー』などでもみられる濱口監督流の物語運びの巧みさと共通するものが既にある。
観る者を当初に予想もしていなかったような遠いところに連れて行き、そこで思いもよらなかった物事の本質を見せつけられる驚きは、濱口作品を堪能する醍醐味といえるでしょう。

誕生会の夜に再会した男女の関係が物語の最後でまったく異質なものに変容してしまうことの驚きと、それでも人生の終わりではなく、その先も続いていくのだ、という余韻、一種の暖かい眼差しと呼ぶべき高揚感で、不思議な印象を残すのでした。

まったく、濱口監督の天性としか思えない作品作りは“異能の人”というべきレベルなのではないか、と思うのでした。
『偶然と想像』『ドライブ・マイ・カー』以降の国際的評価についてアメリカの『インディーワイヤ』紙が「濱口は、今後国際的に注目されなくなることは考えられない地位に到達した」との評論を掲載しているとのことですが、その指摘はまったくその通りだと思います。
この先ずっと注目していくべき映画監督であることは間違いありません。
ラウぺ

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