ベイビー

ピンポンのベイビーのレビュー・感想・評価

ピンポン(2002年製作の映画)
3.9
原作:松本大洋
脚本:宮藤官九郎
監督:曽利文彦

ヒーロー=憧れ? 努力=嫉妬? 勝利=孤独?

ピンチの時にヒーローは現れる。
だけどヒーローがピンチの時、誰が助けてくれるのだろう?

松本大洋の作品には、誰かにとっての"憧れ"の人物が登場します。

常人では上がれない高み。更に高みにいる者たちが憧れや恐れを抱く人物がいます。常人では感じることのできない高みをも凌ぐ高みは、必ずしも求める者が手にする訳ではありません。

人は高みを目指し、勝ちにこだわります。一勝を手にするために、たゆまない努力をします。しかし、天から与えられた才能の前では手も足も出ず、嫉妬にもならない敗北を味わいながら、努力の虚しさを知るのです。

幼い頃から卓球が好きでたまらないペコは、高校の卓球部に入部するものの、上手く卓球と向き合えない自分がいます。それはインターハイ2回戦で負けてしまったから。卓球が楽しめないから?
ペコは自分が卓球をする理由、一勝への思い、全てが分からなくなり、自ら卓球を遠ざけてしまいます。

卓球の才能を持て余す、ペコの幼馴染のスマイル。誰もが認める才能の持ち主なのに、彼が本気を出すことはありません。そこにペコがいないから、そこにヒーローがいないから…

高校卓球界の絶対的王者、海王学園主将、風間竜一通称ドラゴン。彼もまた一勝の重みを知る者です。勝ち続けることの苦しみ、負けることへの恐れ。彼は王者としてのあり方を自覚し、その重圧を糧に、自分を更なる高みに押し上げます。

それぞれの才能が、勝つことの意味、卓球をすることの意味を追求しながら、もがき苦しみます。

その答えが分からぬまま、その答えを求めるまま、若者たちのベクトルは、次の夏のインターハイへと突き進むのです…

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その、ベクトルへのギアの入れ方と加速の仕方がお見事でした。多分、脚本のうまさだと思うのですが、丁寧にキャラクターたちの下地を敷いて、それぞれに"勝つ"ことの意味を持たせ、努力の根拠を作り、最高の状態で勝負に挑ませます(ペコは負傷しましたが)。

人は何に憧れを抱くのか?
人を高みに導く才能とは何なのか?

純粋に、人が勝つことへの憧れを描いた、素晴らしい物語。勝ち上がる事へのこだわりを描く反面、敗者の負けの美学も丁寧に描かれています。

" I Can Fly "

自分を奮い立たせる呪文の言葉。

その美しい屍を土台に、勝者は高みを求め、更に高く飛び上がるのです…

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最初の方は、窪塚洋介さんの独特なキャラの演じ方にヒヤヒヤしましたが、最後はしっかりペコになっていて、今では窪塚洋介さんしかペコは演じられないと思っています。

他にもスマイル役の井浦新(当時、ARATA)さん、ドラゴン役の中村獅童さん、アクマ役の大倉孝二さん、他にも荒川良々さん、夏木マリさん、竹中直人さん等が本当に素晴らしく、見事なキャスティングでした。

やはりこれは、松本大洋作品じゃないと味わえないスポ根青春映画。凡人の僕ですら高みを味わえる、素晴らしい作品だったと思います。
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