なべ

ナイト・オン・ザ・プラネットのなべのレビュー・感想・評価

3.7
 「ジム・ジャームッシュ傑作選(決死の8時間耐久4本立て)オールナイト」に行ってきた。
 寄る年波には勝てず、4本目「コーヒー&シガレッツ」で玉砕。唯一観たことのないタイトルだったのに、うつらうつらと半分くらい寝てしまってた。
 80年代インディーズのレジェンドの傑作選なので、おっさんばかりの加齢臭地獄を覚悟していたのだが、意外にもアラサーの女性客が多くて驚いた。いつの間にそんな層にアピールしてたんだろう。となりのかわいこちゃんに何がキッカケでジム・ジャームッシュなのか聞いてみたかったわ。まさかデッドンダイじゃないよね?
 さて、1本目は「ナイト・オン・ザ・プラネット」。若い友人などは本作の何がいいのか皆目わからないようで、「ロス編のエピソードで一本つくる方が絶対いい!」と言って譲らない。いやいやいや、それではジム・ジャームッシュ作品じゃなくなるから。
 さらには「主人公の変化が描かれてない」だの「これじゃオチてない」と攻め立てられるが、ジム・ジャームッシュのリアルでは「2時間の尺で人は変わらない」のだ。そもそもハリウッド調のカタルシスの伴うオチなど、彼は目指してないからね。むしろそういう商業的エンタメではなく、隣人や親戚の話のような手触りにこだわってつくられてるのだよ。手を伸ばして触れられる距離にあるおもしろしか描かない人なのよ。それに落語のようなサラリとしたオチはあるから。
 家ではふと思い立って観始めることが多い本作。ロス編とNY編を観たところでぼくの欲求はたいがい満たされるので、パリ・ローマ・ヘルシンキ編まで観たのは久しぶり。
 それぞれに「夢」「移民」「差別」「懺悔」「不幸」みたいなテーマを読み取ってもいいけど、ここは夜のタクシーという閉じられた空間で交わされる乗客と運転手の掛け合いをただ楽しむのが正解な気がする。
 件の友人は主人公の変化が描かれてないというが、実は気づきはちゃんと描かれてて、例えばロス編では、スターへのチャンスを断ってでも整備士になりたいって運転手の思いを聞いて、キャスティングコーディネーターは夢に優劣をつけていた自分の偏見に気がついてる。市井の人に起こる気づきってこういう感じだよね。政府の陰謀やスーパーヒーローとして戦う覚悟なんて、誰も経験してないでしょ。
 ともすれば職場や学校で埋もれてるような目立たない存在に注がれる半径10メートルのやさしい目線。これがジム・ジャームッシュのスタイル。これが尊いのだよ。
 エピソードが終わった後の余韻が実に心地いい。今も彼らと乗客とのやり取りは続いてるのだと実感できる良い余韻。この感触って友人や知人に対する心持ちと同じなんだよね。この登場人物との親密さ、この贅沢な余白こそジム・ジャームッシュの映画を観る醍醐味なのだ。

 あ、そうそう、ローマ編を観て、ぼくのロベルト・ベニーニ嫌いは本作がキッカケだったと気付いた。こいつほんとイライラするんだよな。のべつまくなしに喋り続ける内容が下品でさ。いや、ぼくも下品な男だけど、獣姦の話はちょっとね。もちろん役柄だとわかってるけど、これ以降ベニーニは「若い頃毎日羊とやってた男」ってイメージがついてしまった。ライフ・イズ・ビューティフルをみて1ミリも感動しなかったのはそのせいかも。
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