なべ

ブリットのなべのレビュー・感想・評価

ブリット(1968年製作の映画)
3.8
 シンジケート(マフィアのことね)の構成員がトンズラするスタイリッシュなオープニング。文字の中に次のカットがあらわれ、事態が静かに進展する仕掛けにゾクゾク。確かこのフォントデザインはパブロ・フェロだった気がする。
 悪党どもの面構えのなんと絵になること。劇伴はエクソシストでフリードキンに鼻をへし折られるまでワーナーのアクション映画に名曲を提供し続けたラロ・シフリンだ。ここでのスコアも素晴らしく、サントラ盤は3種類持ってる。
 兄貴の手引きでロスは無事逃げ果せる。電話で「弟を殺せなければお前も覚悟しろ」と言われているのになぜか落ち着いてる兄貴。逃した弟を殺せるのか? こういう役者の表情を見逃しちゃダメだ。
 この映画は極力台詞を削ぎ落としていて、説明がほとんどない。だから登場人物の表情や会話から、何が起こっているのか、誰が何を目論んでいるのか、何を追っているのかを推し測らねばならない。フィルマのレビュワーやブロガーの中にはそれができてなくて、「議員に不信感を持ち…」とか間違った見方をしている人をしばしば見かけるけど、それ、筋を追えてないから。議員は名声欲や功名心があるだけで悪事には1ミリも加担してないからね。
 意外かもしれないが、マックィーンはアクターズスタジオ出身。ちゃんとメソッドを習得したリアルで自然な演技ができるのだ。視線のはずし方や指先の動かし方にも得られる情報がある。シンプルな話なのにストーリーが追えないって人は、表情やしぐさに注目し、台詞をよく聞いて欲しい。
 そうそう、同じアクターズスタジオ出身のロバート・デュバルがタクシーの運ちゃん役で出てるのもお見逃しなく。
 有名なカーチェイスまでの流れを、一応簡単に整理しておくと、

・シカゴのジョニー・ロスは組織の金200万ドルを奪って逃走。
・ロスには組織の追及から逃れる計画があった(この計画がどういうトリックなのか自力で気付かないといけない)。
・ロスはチャルマース上院議員に接触。議員は議会の重要証人としてロスの護衛をブリットに依頼する。
・ロスは滞在中のホテルで2人組の殺し屋に撃たれる。護衛の同僚刑事も重症
・議員は立腹。権力を駆使して圧をかけ始める。
・病院に殺し屋が現れるも、ブリットに追われて逃走。ロスは容体が急変し死亡。
・ブリットはロスの死を隠蔽し、殺し屋を誘き出すことに。
・ロスの足取りを調べるブリット。タクシーの運転手から重要な証言を得る。
・ブリットは2人組につけられていることに気づく。

 そして伝説のカーチェイス。マックィーンが独立後最初にやりたかったのが、本物のカーチェイスだ。それまでバックスクリーンの前でハンドルを握る嘘くさい演技からの大きな進歩。今のカーチェイスはここから始まったのだ。
 つけられていたブリットがいつのまにか殺し屋の背後につけるシーン。ブリットを見失って落ち着かない視線の殺し屋ドライバー。からのダッジのルームミラーに映るフォードムスタング(昭和ではマスタングなんて軽薄な呼び方はしてなかった)。高まる緊張感。シートベルトをカチャリと装着する敵ドライバー。クーッ痺れる!
 BGMが流れるのはここまで。助走としての役割を終えた音楽は消え、エンジン音に代わる。
 吠えるエンジン、軋むタイヤ、シフトチェンジのエキゾーストサウンド!台詞は一切ない。ダブルクラッチ音のカッコよさ、バックするムスタングのたわむ後輪、急カーブで外れるホイールキャップ、サンフランシスコの坂道をバウンドする2台のクルマ。スクリーンで観ると酔うのは必定。そりゃ今どきのカーチェイスとは全然違うが、それでもこれが伝説だというのはわかってもらえると思う。むしろクルマの重量感やバウンド時のカメラの振動など、荒々しさはこちらの方が上かも。ちなみにこの敵のドライバー、実は役者じゃなくてマックィーンのレース仲間らしい。存在感ハンパないんですけどー!

 他にも、マックィーンが何気におしゃれ番長なところも見逃すな! ステンカラーコートはきれいに襟立ててるし、エルボーパッチ付きのツイードジャケットにタートルネックのセーターを合わせる品の良さ。刑事の着こなしとしては最高じゃね? チャッカブーツなんか履いちゃってさ。さすがマックィーン兄貴。

 ついに事件の真相を掴んだブリットはロスを追って空港へ。もはやロスが公聴会で証言する気がないのは明らかなのに(もっと言えば議員をコケにしていたのに)、ここでもまだ圧力をかけてくる議員が実にいやらしい。
 思えばナポレオン・ソロだったロバート・ヴォーンが権力者というハマり役を掴んだのはブリットからなんじゃないか。それくらい堂に行ったムカつく演技なのだ。でも安心して。ブリットがガツンと言ってくれるから。
 空港でも見せ場は盛りだくさん。マックィーンの視線やささいな動作に注意してじっくり味わって欲しい。
 他にも信頼できる上司とか、信用できる相棒とか、議員にハラスメントを受けた刑事と医師の戦友めいたアイコンタクトとか、言葉にならない見どころ多数。これはそういったディテールを楽しむ映画なのだ。

 ふー。なんだか本作への愛がほとばしってしまった。本当は4.8くらい付けたいが、ここは冷静に3.8とした。

 迎えるエンディング。鏡に映った自身の顔にブリットは何を見るのか。
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