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ロスト・ハイウェイのKKMXのレビュー・感想・評価

ロスト・ハイウェイ(1997年製作の映画)
4.8
 本作はおそるべきガーエーです。気軽に「キ印!」とかはしゃげないレベルの狂気を描いています。よくこんな話作れるなリンチ師匠は…

 サックス奏者・フレッドは妻と2人暮らし。ある日突然、家の中の出来事を撮影されたビデオが送り届けられるようになります。警察に届け出てもよくわからない。
 妻の職場(?)のパーティーで、フレッドは白塗りの男に出会います。彼はフレッドに「私は貴方の家にいる、今も」と言って、フレッドに携帯電話を手渡します。フレッドが自宅に電話すると、男の声がしました。そして帰宅するとまたビデオテープが送られて来て、観てみると…というストーリー。なんたる意味不明さ!


 この物語の前半は、フレッドが自分と世界の境界線を失っていく姿が描かれています。
 人が正気を保てるのは、自分の考えを自分の中に留めておくことができるからです。しかし、境界がなくなると、自分の考えは世界にダダ漏れし、また世界が自分の中に浸入してきます。こうなると安心や安全とは無縁となり、土台から存在を揺るがされる恐怖に苛まれ、精神が解体していくのです。

 本作は、フレッド発狂のプロセスが凄まじく丁寧に描かれ、真に迫っているため恐ろしいです。陰影に富んだ画面(全体像を把握できない不穏さ)、静謐ながら突然鳴り響く電話、耳障りの悪い不気味な音…自分を守る境界が崩れ落ちていくドキュメンタリーを観せられているようで、戦慄を禁じ得ません。

 後半、フレッドはピートという若者に変身します(この説明で物語の流れをイメージできる人は天才!)。ピート化したフレッドの物語は、個人的にはフレッドの内的世界の話に思えました。
 世界から侵襲されて恐れおののくフレッドは、それでも妻を愛しているんですね。妻の愛にすがりたい。内面がグチャグチャになったフレッドの妻への愛は、とても純粋でどこか崇高さも感じます。
 しかし、フレッドの崩壊した世界では、愛も猜疑の対象になるのでしょう。フレッドは妻を愛するが故に、裏切られたと妄信してしまったのかもしれません。


 本作のレビューをググると、伏線回収的視点から解釈を試みるものが少なくありません。つまりなんらかの一貫性、まとまりを見出そうとしている。これこそが人間の基本姿勢、ノーマルな認知の方略なんだろうな、と思います。
 自分なりの理屈で分析し、理解する。これが人格にまとまりのある人間の営みなのだと感じました。この文章もまさにそうですし。

 しかし、このガーエーには普通に観ると人間が理解していくためのまとまりがないように思います。映画としての統合が失調しているように見える(本当はギリ留まっているからアートたり得ていると思う)。
 つまり本作は、そのような混沌とした世界を生きざるを得ない男の物語だったのかな、なんて感じました。フレッドを脅かす白塗りの男(ミステリーマンと呼ぶようだ)は、フレッドが罹患した病の象徴なのかな〜なんて想像しております。

 自らの病性をうまくコントロールし発病せずにアート化したリンチは大天才ですね。発病してないからキ印とかいってフザけられる訳だし。リンチ師匠の作品の中では、もっともギリギリ、本当にギリギリの大傑作だと確信しています。

【追記】
 そういえば本作は『ワイルド・アット・ハート』や『マルホランド・ドライブ』らによく見られるキ印ギャグがゼロに近かった。そんなチャチャ入れる必要などないほど、真に迫ったガーエーだったのかもしれない。


*一度感想文を書きましたが、再鑑賞したため再掲載します。
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