東京キネマ

炎上の東京キネマのレビュー・感想・評価

炎上(1958年製作の映画)
3.9
この作品、今は亡き池袋文芸座地下で見た筈なんだけど、ストーリーにまったく覚えがない。見直してみて思い出した。私、ずう~っと寝てたんだっけ、何も覚えてない訳だ(笑)

まあ、そんな話は置いといて、本作、雷様28歳の出演作。大映では一応二枚目スターで固まっているところに、吃音の金閣寺放火犯人を演るとはやっぱりこの方は只者じゃない。それに、まったく違和感がないどころか、朴訥で実直な大学三年生にしか見えない。ちなみに、原作者三島由紀夫は激賞したそうな。

いつも同じことしか言えないけど、この時代、こういったお話を映画にするってのも、それにまた娯楽コンテンツとしてお客さんが集まるってのも凄い話だと思うし、作る側も観る側も文化レベルの高い時代だったのだなあと感心する。


(※以下、ネタバレを含みます。)








原作は非常に観念的だった記憶があるけれど、この映画のように分かり易く分解してくれると、何が言いたいのかよく分かる。和田夏十、長谷部慶次の力ですかね。『金閣寺』にしないで『炎上』というタイトルにするのも大正解。ただし、結末に関しては、個人的には小説のままの方が良かったような気がするなあ。(三島由紀夫は、この映画の劇的構成だけは文句を言ったらしいが・・・)

これ、実際の事件では、主人公は割腹自殺するが未遂。小説では、最後には“生きようと思う”となるが、映画では鉄道自殺で「ちゃんと」死ぬ、という設定になっている。

三島由紀夫は“どうも人を殺すのは難しい”と考えて、これから生きようとするとき、そこが牢屋でしかなかった、という結末が気に入っていたらしく、戦後日本社会の空虚感が本作のきっかけであれば、こんな皮肉な状況はない、というのが直感的に分かるようになっている。

“このまま行けば、日本は無くなって、その代わりに、無機質な、空っぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るであらう”とは、三島由紀夫自身の言葉だが、その当時、戦後日本が“本当に壊れ始めている”ことを気にかけている人は少なかったように思うし、そんなことは杞憂だと馬鹿にしてたような気がするが、現実がその通りになってしまったら、もう後戻りができない。

劇中の“お前は国の宝を焼いたんだぞ! 判っているのか?”は、本来は、何を言ってやがんだ、もっともっと大切なものを無くしてしまったことをお前らこそ判っているのか、の倒置だろうが、すでに今の日本人の肌感覚としては理解できなくなっている。

悲しいかな怒りだけは伝わってくるものの、三島由紀夫の杞憂は現実のものになってしまった訳だし、その現実にも違和感がなくなっているような気もする。

日本はこれからどうなるのかなあ、と改めて考えるきっかけにはなるけれど、どんよりした感じになってしまうのは何故なんだろうか。