Ricola

東京の女のRicolaのレビュー・感想・評価

東京の女(1933年製作の映画)
3.8
2023年12月12日は、小津安二郎の生誕120年目であり没後60年目という記念すべき日なので、やはり小津作品を観たくなった。
家族について描いた作品であるが、決してほのぼのとしたホームドラマとは言えない。人物の感情の揺れを、その他背景となる小道具などに重ね合わせることによって作品全体のまとまりだけでなく、余韻が響き渡っていく。


ヤカンなどが並ぶ生活の一景がまず映し出される。ああ、小津だと安直だがそう感じてしまう。囲炉裏やテーブル越しのショットが素晴らしい。奥に二人の人物が見える。小さな丸テーブルの上に1つ、その下に1つ、その隣にストーブがありさらにその上にもヤカンがのっている。ストーブが2人の間にあり、遠近法ですべてが隣り合って見えるように配置されているようだ。この、パズルのようにはめ込まれたショットに、小津の几帳面で正確な美学を見出だせる。

さらに特筆すべきは、登場人物の心情に無生物の「動き」が呼応するような演出である。例えば、田中絹代演じる春江の、無邪気に喜ぶあどけない表情からハの字眉毛で戸惑う表情に変化する。口をぎゅっと結んで言葉を発しようとする度に溜息のように白い吐息を漏らす。そのとき、ストーブの上のヤカンからも、白い煙が湧き上がっている。また、酒場のバックヤードで手を洗う女たちが映るショット。蛇口から水が流れ出ている。彼女たちが去ったあとの蛇口から水滴がポツンポツンと力なさげに垂れている。人物の感情を増長するような余韻をもたせるこれらの演出にぐっとくる。

顔に手を添える女性たちが美しい。
春江は涙を流すときに指を軽く曲げて顔に手を添える。また、弟の良一(江川宇礼雄)から何度も平手打ちをくらって左手を顔に添え、徐々に首元へとおろしていくちか子(岡田嘉子)。ゆっくりとしたその身振りが、彼女たちの健気さや可憐さをさらに強調させる。

ゆらゆら揺れる振り子時計に吊るし照明。
風の流れがよく見えるヤカンから出てくる煙と細長い煙突から排出されるモクモクおびただしい量の煙。これらは人物の心情をただ表したものというよりも、彼らが放つ緊張感や怒りや悲しみを包み込み、ショットおよび作品全体へと浸透させる役割を担っているようである。
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