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マグダレンの祈りのKKMXのレビュー・感想・評価

マグダレンの祈り(2002年製作の映画)
4.1
 アイルランドの女性シンガー、シネイド・オコナーが亡くなってしまったので、若き日のシネイドがブチ込まれていたカトリックの収容施設・マグダレン洗濯所を描いた本作を鑑賞。実話に基づくキツーい話でした。しかも、特典映像の『マグダレン修道院の真実』というドキュメンタリーが超弩級のヘビーさで、本作はむしろマイルドなんだな、と思わされるほど。この地獄のような収容施設を告発しただけでも意味あると思います、本作とドキュメンタリーは。
 キツい作品ながらも観づらい映画ではなく、編集が上手くて意外とスムーズに観れました。この内容でヴェテス編集だったら地獄でしたね!

 シネイド・オコナーは生涯に渡って深刻なメンタルヘルスの問題を抱え続けて、自殺未遂を繰り返した人なのですが(ちなみに死因は不明)、こんな所にブチ込まれたら精神病みますよ。


 1960年代のアイルランド。マグダレン洗濯所は未婚の母、強姦被害者などカソリック教会的な規範で『堕落した』とされる女性(ツッコミどころですがひとまずスルーで)が収容される施設。ここにレイプ被害者のマーガレット、未婚の母のローズ、美人で男にモテモテのバーナデットが収容されます(ここでもツッコミがありますがスルーで)。3人は不条理な理由で収容されましたが、とにかく洗濯所を仕切っているシスターたちは彼女たちをなぶり者にします。洗濯所では恐ろしい虐待が日常茶飯事で、全裸で並ばされて『誰が一番巨乳か選手権』みたいなことをさせられたり、反抗的という理由で髪を切られたりさせられています。また、長く収容されている婆さんのケイティにも3人は結構イビられます。
 そのような中、3人に優しくしていた知的障害があるっぽい女性・クリスピーナの大切にしているメダルがなくなったり、3人の中でもとびきりパンクなバーナデットが脱走を企てたりする……というストーリーです。

 とにかく、洗濯所での虐待描写は酷いの一言です。これはもう何も言うことはないです。こんな施設が1996年まで存在し、ポップシンガーのシネイド・オコナーが収容されていたというだけで身の毛がよだちますね。シネイドはパンクな姿勢を生涯崩しませんでしたが、この時の怒りがハンパなかったのだと思います。不条理にも程がありますからねぇ。


 で、このような不条理はおそらく中世と近代の人間観の違いによって生じたものだと感じました。マグダレン洗濯所って、中世の価値観がそのまま残っているのです。


 中世は神>人間です。とにかく神様が偉い。神様が決めたことは絶対で、人間は自意識を必要とせず、考える必要もないのです。なぜならば人の一生は自由がなくある程度決まっていたからです。鍛冶屋の息子は鍛冶屋をやり、農家の息子は農家をやる。葛藤は基本的に存在せず、神任せです。ジャンヌ・ダルクが神の啓示で将軍になったのも現代ではまずないです。現代人ならば「所詮夢ですよ」で一笑に付しておしまいです。このように昔は神と人間が直結していたのです(西洋はね)。
 たぶん、中世でも虐待はあったと思います。むしろ多かったでしょう。教会側の人間は利権バリバリで、しかもそれは神のお墨付きな訳ですから。しかし、収容される女性たちは傷つきながらも「神様が決めたことだ」と受け入れていた可能性が高いと想像します。

 しかし、近代になって人々は近代的自我を持ち始めました。ニーチェが言うように神は死に、人々は神から独立して自分で考え、自分の人生を自己決定して生きるようになりました。産業革命等の生活の変化で、職業選択の自由等、人々が自分の人生を自分でコントロールできるようになったからだと思われます。こうして人々は権利を持っていくのです。人権思想ですね。こうなると神の名において教義を押し付けることは難しくなります。教会に抑圧される人たちも「ふざけんじゃねえ!」となりますし。
 また、神の存在も変化していきます。かつての絶対的な存在から、各個人が自己決定していく時に心の中にいて支えてくれる存在となっていったように感じます。


 本作のマグダレン洗濯所は、現代に残った中世の価値観の残留物でしょう。日陰であるが故に、近代の光が届かなかった場所だから残ってしまった印象を受けました。

 近代に残ってしまった中世。その存在は構造的にいびつです。外の世界は近代なので、ガチ中世として存在することは不可能です。なので、マグダレン洗濯所でデカい顔して被収容者をイビってる連中も、実は近代と中世に引き裂かれて葛藤せざるを得ないのです。
 その代表が院長のシスター・ブリジットです。この人、表面的には人非人で、めちゃくちゃ洗濯所の女性たちを虐待するんですよ、しかも搾取した金を貯め込むとかホントにクズ。まさに人権を蹂躙するマグダレン洗濯所の体現者です。
 そんな彼女がふとした時に見せる孤独な表情が印象深いです。特に、登場人物のひとりを強引に精神病院にブチ込む場面の後に見せる、ひとりで複雑な表情で佇むブリジットの姿はなんとも言えない気持ちにさせられます。しかもこの時は結構な尺を取ってますし。また、金庫の上にはケネディの写真を飾っていたりします。
 なので、もしかしたら彼女の本質はそこまで邪悪ではなく、この中世の残留物に取り込まれた結果、人権蹂躙システムの一部になってしまったのかもしれない、と感じました。普段は中世の神の代理人として時代錯誤の抑圧を強いていますが、たまにふと近代人としての自我が浮かび上がるのでしょう。こんなことをしている自分に対して深いところで何かが蠢いているけれども、それを直視するとこれまでの自分が崩壊する……そんな複雑さを感じました。
 マグダレン洗濯所の支配者寄りのベテラン被収容者・ケイティも中世と近代に引き裂かれた存在に思えました。この人もブリジット側についてバナーデットらを散々いじめます。で、この人年寄りなのでやがて死の床につき、そして最期に孤独さを告白しメソメソと死んでいくのです。近代的価値観が混じっているので、罪悪感や後悔があるのでしょうね。ガチ中世だったら虐待に与したことの罪悪感ゼロで(神の御心に従ったまで、と微塵も疑問を持たなかったはず)、神の御許に行けるので安らかに死んでいったでしょう。

 システムの力は強力で、なかなかその支配力からは抜け出せません。なので、例え良心を持った人間であっても、よほど意志が強くないとシステムに取り込まれます。シスター・ブリジットやケイティも、腐臭を放つ中世のシステムに絡め取られた犠牲者なのかもしれません。
 また、マグダレン洗濯所のような伝統として残っている負のシステムは自浄能力が無いので外側から変えるしかないのでしょう。


 そんな近代の中の中世に生きながら、近代どころか現代を体現するのがパンク女・バナーデットです。この女、カッコいいですね〜!正直、シネイドを連想しました。ただ、ツラ構えはグリーン・デイのビリー・ジョー感ありましたけどね。とにかくこの女、尊厳蹂躙への怒りがハンパない。絶対中世潰す!くらいの勢いがあります。バナーデットはパンクなだけありラディカルで、マグダレンに染まっていく存在も許しません。知的障害っぽいクリスピーナへの態度はその好例です。

 クリスピーナは優しい人で、結構バナーデットたちにも感じよく接します。しかし、マグダレン洗濯所に適応しており、抑圧への闘争という概念を持ち合わせていない人でもあります。
 バナーデットはある時、クリスピーナが大事にしていたメダルを隠すのです。クリスピーナは混乱し、かなり大変な状況となります。結局、メダルはクリスピーナの手に戻り、バナーデットが犯人とバレます。この時、バナーデットは「クリスピーナは苦しんでないからやった」と言い放つのです!
 これはめちゃくちゃキツいけど結構本質的です。つまり、中世の価値観を受け入れた時点で蹂躙者に与する、とバナーデットは考えているのでしょう。つまり、これくらいタフに戦わないと、強い力に取り込まれてしまうのだと思います。このエピソードってめちゃくちゃひどいと感じたのですが……まぁ、やっぱり現実的に見るとクリスピーナが可哀想すぎてヒデェのですが、とはいえ核心ついたエピソードだな、と思いました。理念的すぎるとは思いますが。

 そして、バナーデットが迎えるラストのエピソードがめちゃくちゃパンクでカッコいい!小細工ゼロの正面突破の戦いは、ジョー・ストラマーみたいですよ!
 この時もシネイドをイメージしましたね。もしかしたら、キャラのモデルにシネイドのイメージが投影されていたのかも?


 シネイド・オコナーも近代の中の中世と真っ向勝負で闘った人です。1992年、彼女はテレビ番組で「世界から不平等が無くなり、人間の権利がすべての人に保証されるまで闘いは終わらない」と歌うボブ・マーリーの『War』を独唱し、ローマ教皇の写真を破ります。これは、この当時、カトリック神父に虐待を受けた人が告発をはじめていたため、シネイドも同じ被害者として呼応したのです。
 しかし、シネイドへの批判は大きかったそうです。当時はまだカトリック教会の虐待は表沙汰にはなっていませんでした。この直後、シネイドはボブ・ディランの30周年ライブに参加します。
 この時もシネイドはブーイングを浴びます。しかし、シネイドは再びアカペラで『War』を歌いました。つまり、シネイドは負けなかった。バナーデットと同じく、中世の価値観に屈服しなかったのです。

 俺はこのエピソードを知った直後、『War』が収録されているボブ・マーリーのアルバム『ラスタマン・ヴァイヴレイション』をすぐに購入しました。そして、今でも『War』はボブ・マーリーのフェイバリット曲のひとつです。



【シネイド・オコナーとWAR】

https://youtu.be/1BaAGpHBBpU
シネイド・オコナー / War
 ボブ・ディラン30周年コンサートの映像。和訳付き。シネイドがカッコよすぎる!最後に抱き合うのはクリス・クリストファーソンというフォークシンガーらしいです。彼はシネイドを応援しており、イカした男だと思います。

https://youtu.be/-0PDLj5ovrc
ボブ・マーリー / War(和訳動画)
 とにかく歌詞が素晴らしいです!ボブ・マーリーは歌詞!(とはいえこの曲はエチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世の演説を歌詞にした説もあるそうですが)
 何を歌っているのかが一目でわかる善き動画。心が震えますねこの曲は!


 音楽的にあまり好みじゃなかったので、俺はシネイド・オコナーの熱心なリスナーではありませんでしたが、『War』を教えてくれたこと、不屈の魂で闘い抜く姿を見せてくれたことは感謝しています。誇り高きアイリッシュ・ウーマン、シネイド・オコナーの魂が安らかであることを願って止みません。
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