せーじ

タレンタイム〜優しい歌のせーじのレビュー・感想・評価

タレンタイム〜優しい歌(2009年製作の映画)
4.8
204本目は、シアターイメージフォーラムで開催中の、ヤスミン・アフマド監督作特集上映のなかからこちらの作品を鑑賞。
60席ほどの劇場で、お盆休み午後の回ということもあるのだろうか、8割ほどの入り。

素晴らしかったです。
鑑賞後は胸がいっぱいになってしまって、地下鉄に乗らなければいけないのに、渋谷駅西口のバスターミナルに出てしまったので、思わず帰り道とは反対方向のバスに乗ってしまいました。車内では、スマホでこの作品に関する様々な記事と、KKMXさんの感想やMarrikuriさんのコメントを読んでまた胸が熱くなって…というようなことをしていたので、その日の夕方、スマホを見ながら泣きそうになっている変な顔したおっさんを乗せたバスが、玉川通りを下って行ったはずです。。。

この作品の何が凄いのか。何がそんなに感動的なのか。
自分は、演者の"純粋な"演技と、それに耽溺せずに隅々まで意味を持たせ、的確にコントロールされた演出が、この作品そのもののコンセプトと最高にマッチしていたから感動できたのではないだろうか、と思いました。
まず何より、主演級の男の子たちや女の子たちの演技が凄まじく"純粋"でした。自分は評論家でも何でもないですし、マレーシアの映画作品を観るのは初めてだったので、彼らの演技が技術的にどうなのかはわからないのですが、観ていてどこまでも純粋で素直に思えたんですよね。だから、何気ない「ごめんなさい」というセリフでも、こちらに訴えかけてくる力がものすごく強く感じられるように思えたのです。もちろん、それを受け止める彼らの家族や教師を演じた脇を固める人々の演技も素敵でした。

そもそもこの作品、お話の内容自体は重いところもあったり、泣かせどころがいくつもあったりして、どちらかというとベタな部類に入る作品なんですけれども、主人公である若い彼らの素直で純粋な演技が、ベタだと思わせないバランスでしっかりとコントロールされ、的確に演出されていたので、全く鬱陶しく感じなかったのです。それどころかストレートに感情が伝わるので、それで胸が熱くなってしまったのだと思います。
また同時に、彼らを取り巻く様々な問題―主に民族と宗教の問題―を、様々な形で彼らの日常に潜り込ませ、それらを映画全体でドラマとして組み立てようとしていく構造にしており、それがとても絶妙なバランスで、とても控えめにさりげなく、けれどもどこまでもストレートに物語ろうとしているというのが素晴らしいなと思いました。世に溢れる映画作品の多くは、泣かせようとする要素があるとそれに耽溺してしまう作品がほとんどなのに、控えめな演出を保ったまま、しかもストレートにそれを伝えようとするというのは、なかなかできる事ではないと思います。
そうかと思うと、感動的な場面だけではなく要所要所で思わず笑ってしまうようなチャーミングな仕掛けが施されていたりだとか、「公園のベンチに座る二人の周りに"天使の様な"赤ちゃんたちを配してみたり」や「今際の際に立とうとしている人に"天使"から"果実"を受け取らせてみたり」、そして「クライマックスの重要な場面で、美しい衣装を纏った少女が舞ったり」という映画的で美しい演出が全編に渡ってスパークしているので、作品全体が泣かせること一辺倒ではないつくりになっているというのも素晴らしかったです。
そして何より、音楽ですよね…。飾ることのない素直な彼らが、飾ることのない率直な気持ちを、飾ること無く純粋な思いを込めて歌い、奏でているのですから、そもそも感動しないはずが無いのです。あの、奇跡のようなクライマックスの展開でぐにゃりと画面が滲み、自分はそれ以上は何も言えなくなってしまいました。。。

その生涯をかけて「恣意的に分断されてきた人と人とを再び結びつける」ために映画を撮り続けてきたのだというヤスミン監督。
彼女が願ったように、対立や軋轢が生まれやすいこんな時代だからこそ、彼らの様にそれらと目を背けずに向き合わなければならないな、と強く思いました。
忘れられない作品になりそうです。
せーじ

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