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わらの犬のsleepyのレビュー・感想・評価

わらの犬(1971年製作の映画)
4.6
ここは俺の縄張り *****





原題:Straw dogs 71年、118分(アンカット版)
静かな研究環境を求めて米から、妻の故郷のイングランド西部にともに移り住んだ天体数学者のインテリ、デヴィッド(ホフマン)と妻エイミー(スーザン・ジョージ)。鮮烈で重い暴力描写で、デヴィッドの思いもしなかった自己発見と夫婦の絆を描いたコントラバーシャルな作品。行為能力にやや欠ける村の青年を自宅にかくまったことから、青年の引き渡しを求める村の男達との間に図らずも展開する凄惨なヴァイオレンスと性というプリミティヴな本性の爆発。「ワイルド・バンチ」で猛烈な反響と一部の反感をかったペキンパーの初の現代モノ。またもやカタブツ達に攻撃されたが、すでに伝説的ともいえる支持を得ているのはご存じの通り。

振り上げた素手の延長にある生々しい陰惨な暴力。カタルシスとは無縁の発露(とはいえ、こちらの血が少なからず燃えてしまうのは、私にも主人公のような捻じれた無意識の導火線を抱えているためかも知れない。だから怖い)。本人が思いもしない獣性の側面を男も女も持つことを気づかされる傑作。

・後半と対照的な静かな前半。しかし不協和音が通奏低音として不穏に流れている。荒涼として排他的、がさつで怠惰、卑屈なruralな怖さ。米コンプレックス、学歴・職業コンプレックス・卑下みたいなものなのか。情欲をかきたてるボディの妻への羨望?若者の描写に村の停滞や乱れっぷり・卑屈さが丁寧に描かれている。

・主人公は米のあわただしく治安の悪い暮らしを逃れてきたように描かれているが、実は研究が進まず、焦燥・いらだちを抱えている。つまりいいわけとして逃げて来た人間。妻も自分を頼りない男だと思っているのではないか? 放埓な妻を理解できない、コントロールできない不満。後半の爆発は狂気という言葉では片付かない、コップの水がいずれ溢れるという必然の結果ではなかったか。

・家族・家を守るのが男の役割という実に米的(?)といっていい(西部劇のような)マッチョイズム。英の田舎で炸裂する米の本性。実際、これを思わせるホフマンのセリフ、This is where I live. This is me. I will not allow violence against this house. this is my affair.「オス」の縄張り意識や家長の自負ともいうべきものが根っこにあると思う。テリトリー、生殖、防衛本能。わらの仔犬から山犬へのホフマンの変貌。ホフマンのあの笑顔は怖いとともに、ブレイクスルー、脱皮した自分への陶酔や戸惑い(” I don’t, either”)、湧き出る自信もどこかに含んだ微妙な笑みだろう。

・一方、ペキンパーは本作を陰惨なものとしながら、どこか肯定する部分も見受けられる。現に「ワイルド・バンチ」や本作で、きれいごとや漂白された人間(信者・聖職者)への皮肉と軽蔑の視線が若干感じられ。虚飾や取り繕いを捨てよ。

・伝説(笑)の登場シーンから唾を飲むスーザン・ジョージ。男をケダモノにしてしまう天使であり悪魔。満たされず、意識しない性への渇望? 抵抗と受け入れ、そして気付き・・。この妻の存在が本作では重要な役割を果たしている。しかしイイ女。うれしい。特典の現在のインタビューでは年月の無情を感じたが。

・本作は人の赤裸々なダークサイドを描くと同時に、この夫婦の愛の物語でもあるという点。お互いに不満やもどかしさや理解不能なものを持ちながら、この夫婦は間違いなく愛し合っている。ラストの後の2人はどうなるか。どちらともとれる。少数意見とは思うが、(あのセリフにもかかわらず)2人はより分かち難く結びつく気がする。つまり人生の共犯。

・事件の引き金になる制限行為能力らしき青年、デヴィッド・ワーナーなぜかノン・クレジット)も寡黙な好演。

・たちこめる濃霧と暗がりの中、鳴り響く銃声、ガラスの割れる音、叫び声や怒声、そして大音量で鳴りわたるバグパイプにくらくら(これが鳴りやんだ瞬間!)。ジェリー・フィールディングの素晴らしく不穏な音楽とともに音響設計もよい。

・原題は老子の『道徳経』の言葉に由来し、天地にとって万物は芻狗(祭儀に用いるわらの犬)のようなものでしかないという意味(wiki「わらの犬」)、また「人間的存在である天から見れば、人間の行動は護身のために焼くわらの犬のようにちっぽけな存在にすぎない」(映画ドットコムより)という意味らしい(英訳:The wise man is ruthless and treats the people as straw dogs)。

とにかくペキンパーのスローモーション・バイオレンス描写が生々しく冴えわたる1作。「ワイルドバンチ」もいいが「ガルシアの首」と並んでペキンパーのマイベスト。「ガルシアの首」もみてね。
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