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エンドレスナイトのsleepyのレビュー・感想・評価

エンドレスナイト(1971年製作の映画)
4.0
錯乱と後悔という永遠の闇 ****





   アガサ・クリスティ原作(「終わりなき夜に生れつく」)。未読だが、本サイトの原作レビューでは、ロマンス要素、ホラー要素が立った作品で、悲しく、詩情が感じられる作品ということらしい。要素自体の多くは原作にあるものと推測する。物語よりも、語り口が不思議な映画だった。日本では劇場未公開で、DVDで初お目見えした(と思う)。ギリアット(「絶壁の彼方に」、「青の恐怖」Green for Danger. とても面白いらしい)はこれらをうまく活かす雰囲気を作りながら、映画的なイメージと話法で後半を畳み掛ける。。

ある貧しい青年マイクと世界有数の大富豪の1人娘エリーはウェールズの海を臨む風光明媚な丘で出会い、恋に落ち、婚姻する。その丘に立派な邸宅を建てて暮らし始める2人だが、謎の老婆がこの丘の呪いを警告する。この婚姻は彼らを思いもよらないところへ運ぶが・・。

映画のジャンル分けにあまり意味はない(便宜ではあるが)が、ミスリードされないために大まかに言うと、本作はサスペンスでも謎解きもの(探偵もの)でもない。誰がいつ、どんな動機・トリックで犯行を為したのかはでは中心ではない。本作は「オリエント急行殺人事件より前の72年に公開された(筋と伏線回収ばかりに目がいった無理解な記者たちの批判により、お蔵入りしそうになったとか)。以後のクリスティ原作映画(「ナイル殺人事件」「クリスタル殺人事件」「地中海殺人事件」)と、本来ひとくくりにされるべき立ち位置ではなく、映画・テレビのポワロ、マープルを忘れて観なければ監督の意図はつかめない。

本作は語り口、構造において、映画では難しい挑戦をしている。主人公マイク(ベネット)のヴォイス・オーヴァーから始まり、一人称で過去・顛末が語られるがこれがクセモノ。原作は少し置いておいて、本作は分裂している(ように見える)。Aの方に向い、Bかな、と思わせ、ニューロティックな異常心理、病理に軸を移す。本作はサイコとゴシックとゴーストとロマンスが融合した異形作。そして後戻りのできないさまざまな人生の悲劇でもある。これらは月下の暗く荒れた海のOPクレジットからすでに感じられる。

妻エリー(ミルズ)がハープシコードを弾きながら歌うシーンがある。本作の中心モチーフを表しているし、ある者の内面崩壊は
ここから静かに始まったかも知れない。以下、抜粋。
Every night and every morn
Some to misery are born.
Every night and every morn
Some are born to sweet delight.
Some are born to sweet delight,
Some are born to Endless Night.

夜ごと朝ごと
みじめに生れつく者あり
夜ごと朝ごと
幸せと喜びに生れつく者あり
幸せと喜びに生れつく者あり
終わりなき夜に生れつく者あり
(ウィリアム・ブレイクのある詩の一節(Auguries of Innocence所収)。メロディは誰によるものなのだろう?ハーマン?EDでも別のシーンでもこの曲は流れる)。

また、本作のキーワードは「目」「視線」であり、後半に頻出する。「プロビデンスの目」(キリスト教の摂理において、神の全能の目(all-seeing eye of God)を意味する)がそうであり、エリーの亡霊の視線(ただし、マイクと眼を合わせずただ虚空を見つめているが、OPではのっぺらぼうであり、この差異はわからない)。さらに、17世紀の画家レンブラントの絵画「織物商組合の幹部たち」の視線(この絵は織物商組合本部の会議室のやや高い場所に掲示され、絵の手前に配されたテーブルが前面に出る遠近法を使い、部屋に入った者はこの絵から男たちの急に意識を向け見下ろした視線に晒される。そうして、幹部たちの威厳を強調することに成功している、とのこと。パスカル・ボナフー 『レンブラント‐光と影の魔術師‐』 村上尚子訳、創元社、2001年、第1版第1刷)。これはいわばわずかに残る彼の罪悪感を象徴する幻覚であり、コンプレックス、邪と小さき存在を射抜く目。これらが現実と交錯してやがて観ている我々も彼同様に現実の端境がわからなくなる。

見所の1つである幻惑的・超常的なイメージ。凍てついた池で溺死する子ども、謎の占星術師の老婆の実存在と顛末ははっきりとは示されない(案山子になるショットの不気味さ・・)、主人公が豪邸を建てる丘にまつわる呪い、建築士の最後の言葉、そして前述の「プロビデンスの目」、レンブラントの絵画、アウト・フォーカスの場面転換。2つの水死体、管財人の場面と葬儀の場面の夢の中のような交錯・・。

そして本作で忘れてはならないのは、音楽のバーナード・ハーマンBernard Herrmann。ヒッチコック作品(55年~64年頃)や多くのSF冒険映画、「市民ケーン」、デ・パルマ監督の諸作、「タクシー・ドライバー」で知られる。ハワード・ブレイクによるMorg Syntheをうまく使っている。荒波のような不安定・爆発的リフレイン、ときどき鳴り響くこのモーグ・シンセがおどろおどろしい。ハープの使用も印象的で、かつ「サイコ」のモチーフらしきものも聴かれる。本スコアは単品サウンドトラックとしては発売されていないので、映画の中でしか聴くことができない(と思う)が、某動画サイトでハーマン指揮の組曲を聴くことができる。アルバム出してくれないかな・・。

閑話休題。多くの論理的謎は残されたまま、映画はThe Endを迎えるが、そんなことはどうでもいい。「信頼できない語り手」。この叙述スタイルこそが本作のキモであり、トリックや筋ではなかった。本作は「終わりなき夜に生れつ」いた者と、「幸せと喜びに生れつ」いた者の出会う悲しきスリラーであり、彼は錯乱と後悔という永遠の闇を彷徨する旅人になる。

★オリジナルデータ:
Endless Night, 1972, UK, オリジナルアスペクト比(もちろん劇場上映時比を指す)1.85:1 ( Spherical ),99分. (USA 95分 ) Color (Eastmancolor), Mono, ネガ、ポジとも35mm
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