Ricola

緋色の街/スカーレット・ストリートのRicolaのレビュー・感想・評価

4.2
真面目でずっと浮いた話がないような人のほうが、女にハマるとたちが悪いというのは本当なのだろう。

この作品はルノワールの『牝犬』のリメイクだそう。
主人公の中年男性のクリスは勤続25年を祝ったパーティーの帰りに、キティという美しく若い女性に出会ってしまったことで、運命を狂わされていくという話である。


冒頭のそのパーティーのシーンで、このお祝いの歌が歌われる。
For he's a Jolly good fellow, which nobody can deny!
これがとんでもない皮肉になるとは…。

セザンヌの絵に「すべてを投げ打つ価値がある」ように、クリスも悪女によって身を滅ぼしてしまう。

あまりにも純粋過ぎるクリスは、特にキティの前では少年のようである。
疑うことを知らず、年甲斐もない純愛はもはや歯止めがきかない。
しかしキティも実は愛人ジョニーに利用されているのだ。彼女も愛しているがゆえに、彼から離れられないのだ。
この三人の関係は社会の暗部の縮図そのものだろう。

三人それぞれが、欲によって繋がっている。
クリスの描く絵、趣味であり彼はそれを名誉や金などの対価を求めないくせに、キティだけは手段を選ばずに必死に求める。
ジョニーは金、キティは彼の愛…。

クリスの惨めさは、ストーリーが進む
ごとに増していく。
例えばキティがpaint it,と言ってペディキュアをするようにクリスに促すが、金づるである彼に絵を描くことをも促す意味が強く込められているはずである。
絵画としてずっと形の残るものとなってしまうという当たり前のことも、ちゃんとストーリーに活かされている。

ドロドロと愛が憎しみに変わる、人の恐ろしさは急スピードで描かれており、フィルム・ノワールとしての真骨頂はまさにそこであろう。
しかしおそらく監督の訴えたいであろう虚しさと本当の地獄が、ドイツ表現主義の名残りが見られる、モノクロに映える光と影の演出に集約されている。

点滅する灯りと幻聴の不気味さがマッチして、下手なホラーよりずっと怖い。
人物が抱く恐怖をこれでもかというほど見せつけ、また煽り続けるこのシーンが妙に長く、その恐怖心を増長させていく演出のグラデーションはさすがである。

皮肉めいた現実的なラストには、ifの世界の示唆もあり、その残酷さにより辛くなる。

登場人物たちの醜さや、見事に点と点がスルスルと線となり繋がる爽快感、幻想的な映像表現など、全てがぴったりと噛み合う。
観ていてずっと引き込まれる、さすがのフリッツ・ラング作品だった。
Ricola

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