東京キネマ

愛する人の東京キネマのレビュー・感想・評価

愛する人(2009年製作の映画)
4.5
製作はアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトウ、監督はノーベル文学賞のガブリエル・ガルシア=マルケスのご子息ロドリゴ・ガルシアです。

この監督、イニャリトウの世界観を見事に継承してまして、開巻から素晴らしい演出です。少年・少女の抱擁から、少女の懐妊・出産、その後に初老の女性がハッとベットで眼が覚めるというカットに繋がります。所要時間5分程度。これでこのお話の全体像が理解できて、葛藤の中心が見えてくるんです。いや~、お見事!映画はオープニングのフックが大切ですからね。凡庸な監督だとこうはいきません。

お話としては、三人の女性のパラレル・ワールドとして描かれていますが、後半になるに従ってそれぞれがリンクしていきます。観終わってから解説を読んでみたのですが、なんのことはない、この女性達の関係を全部説明しちゃってます。おまけにナオミ・ワッツの悲劇の結末までご丁寧に書いてありますよ。ええっ?それあり?って思いましたが、まあ原題が「Mother and Child」だからいいのか、と無理に納得しちゃったんですが、本当は解らないで見た方が良いですよ。

これドラマとしては本当に良く出来ていて、ある出来事があった瞬間から、37年後の三人の女性の人生にスキップしてそれぞれの生活が描かれるんですが、その日常が面白いんです。何と言いますか、みなさん変なんですよ。統合失調症といいますか、強度の神経症といいますか、なんかサイコパスのようでもあり、でも外見上はどこにでも居るような人たちなんです。ですから恋愛したり、子供を欲しがったりと普通の日常があるのですが、それが変な性格のお陰で色々面倒くさいことが起きるんです。なんでそんなに感情剥き出しで話を複雑にするの?、なんでわざわざ不幸に向うような選択をするの?、ってことばかりなのですが、冷静に考えてみると実は悩みも絶望も逡巡も、全て若い時の出来事に由来していて、それまでの人生で何が起きていたのかが立体的に見えてくるという構造になっているのです。

例えばリハビリ看護士のお母さん(アネット・ベニング)に興味を持った職場の男性が現れます。自宅の庭でトマトが出来たので、お母さんのロッカーに置いておく。すると何故かこのお母さんは猛烈に怒って、そのトマトを持って駐車場に追いかけてきて突き返します。そんな馴れ馴れしいことをすんなってことなんですが、それを聞いて男の方は、お前頭がおかしいんじゃないか?おいしいトマトをあげるってだけで何でそんなにエキサイトしてるんだ?って口論になるんです。でもお母さんは謝りません。逆に突然デートに誘うという展開になります。この象徴的なシーンでお母さんの恋愛感がもの凄く良く解るんですね。

或は弁護士の娘(ナオミ・ワッツ)が自宅に帰って来て夜まで仕事を続けています。するとお隣さんのアベックが引越の挨拶に来ます。二人がとても幸せそうに見えるのが不愉快なんですね。で、お色気作戦で浮気をするのですが、これが結構陰湿なんです。ワザと浮気相手のベッド・ルームで行為に及んだり、脱いだパンツをドレッサーに隠したりと嫌らしいったらありゃしません。ナオミ・ワッツは生まれて直ぐに捨てられたので、愛を求めることと愛を憎むことが同居しているんです。それが悲しいほど解ります。

ラストの悲劇のエンディングに関しては、あんまり評判が良くないかもしれませんが、私はあれ以外の結末はないんじゃないかと思っています。これは親子愛の話ってだけじゃないんですよね。実は人生のリンケージってことがキモになっていて、つまり「血」の話な訳です。血は水よりも濃しってこともあるけれど、実際はそうじゃないんだよ、でも血の繋がりは否定しようもないんだよ、ってことなんですから。


最近観たアメリカ映画ってなんだかなあと思う作品が多かったのですが、たまにはこういうのに出会うこともある訳でして、やっぱり嫌いになれません。そう納得させるくらい力強いドラマでした。
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