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トロン:レガシーの東京キネマのレビュー・感想・評価

トロン:レガシー(2010年製作の映画)
2.9
1982年製作の前作は見たのだけれど、果てしなく昔の記憶なもんで殆ど覚えていない。だけど、なんかその時代の空気感というか、来るコンピュータ世界の恐怖感みたいなものを感じたし、その当時としては最先端のCG技術を使った映画だったんで、強烈な印象を持ったような記憶もあるんだが、これまた良く覚えていない。

CGつったってごく簡単なワイヤー・フレームにグロウをかけたり、シェーディングなんかも初期のフラットなヤツなんで、もう今見たら笑っちゃうような技術なんだけれど、ゲームの中に入ってプログラムと戦う設定とか、バーチャルの世界も余計なところをはぎ取って(つうか作り込む技術もなかったんだろうが)、なんかテスト映像みないなフラットな世界なんだけど、それが逆に味になっていたような記憶もあるし、極端にパースを付けたり、スピード・コントロールも工夫したりで、仮想空間の作り方に新鮮さがあって、それが当時としては面白かったという記憶だけは多少残っている。

しかし、今回この『トロン』は全く逆で、技術的なことは全てクリアできた代わりに、設定として一番重要なコンピュータの技術的な進化を全く無視して“プログラムと戦う”というドラマだけを移植しちゃったもんで、まったく訳の解らない話になっちゃってるんだよね。

この30年間の変化はもの凄く大きくて、一般の人だってコンピュータやゲームのことも少し解ってきたし、『2001年宇宙の旅』のHALみたいに、コンピュータが知能を持って人間社会に敵対するなんていう空想がもう成立しないって感覚になってきている訳だし、昔のようにコンピュータの事なんか何も知らないからこそ成立していた空想世界のリアリティーを、時代的な状況を無視してそれを強引にやろうとしたって面白くもなんともないよ。今やクラウドが当たり前の状況になってるっていうのに、プログラムを持ち出すのにCDだよ? 

そもそもだ、プログラムと戦うのは良いとしても、“バーチャル空間で死ぬってどういうこと?”とか“プログラムが人の姿のまんまでどうやって現実世界に出てくるの?”とか、そういった根本的な訳の解らなさがいっぱいあるのに、そういった答えのヒントになるようなものは全く用意してくれないし、ただただ対立概念だけ作って、それで戦争だっつったって訳わからんでしょ。

つまり、訳の解らん話だから、オヤジのクローンを登場させたり、閉じ込められたオヤジに禅やらしたり、さも哲学的な雰囲気作ったり、精神世界の葛藤を盛り込んだりとか、余計な要素を付け足さなきゃならなくなるのですよ。

いや、SFXは確かに凄いですよ。オヤジの顔のリタッチだとか、戦闘シーンの作り込みとか死ぬほど大変な作業だったのだろうと思うし、68週間もポストに時間がかかったっていうのも納得できるんだけど、もうそういったSFXだけじゃ感動しないからね、今や。

アクションだって、フリスビー(70年代でしょ、それ!)とカンフーの組合せだったり、バイクのチェイスだったりと、なんかカビが生えているような古くさい素材だし、ナイトクラブのシーンや蛍光スーツだってなんか80年代に良くあったプロモのパクリみたいでダサイし、せっかく3Dで色んなこと工夫してても、他の要素が馬鹿っぽいとやっぱり興醒めしちゃうんだよねえ。

悪口ばかりで申し訳ないけど、もうそろそろ3DやSFXだけじゃ『感動』は作れないってことに気付いて欲しいもんだよね、ホントに。