シズヲ

コントラクト・キラーのシズヲのレビュー・感想・評価

コントラクト・キラー(1990年製作の映画)
4.2
人員整理で真っ先にリストラの憂き目に遭った。自殺を図ったがいまいち死に切れない。自分を殺してもらうべく殺し屋を雇った。そんな矢先に薔薇売りの女性に一目惚れをしてしまった。生きる気力を取り戻した。殺しの依頼はキャンセル……出来ないみたい。あらすじの時点で一種のブラックユーモアに満ちているが、アキ・カウリスマキ監督なので奇妙な渋味と説得力を伴って進行していく。

小汚さと雑多さに溢れる下町を捉えた映像、その耽美な魅力がとても良い。登場人物と街の陰影が結び付くようなカットの数々も秀逸。時にノワール的な領域へと突入している。こうした視覚面での閉塞的な美しさが、自殺を試みる冒頭の下りを始めとするシュールな作風とのコントラストを生み出している。シチュエーションの時点で間が抜けているので、幾ら淡々とシリアスに演出してもオフビートなユーモアが担保される。そんな構図に脱帽させられてしまう。「別れは恋しさを募らせる 良いことだ」「神がいなければ地獄も存在しない」など、要所要所での端的な台詞回しもやけに味わい深い。一種のBGMとして流れる町中の音楽もさりげなく好き。

滑稽な粗筋とは対照的に、作中の登場人物達は至って真面目。それでいて何処か飄々とした趣に満ちている。主演のジャン・ピエール・レオを中心に、皆どこか下層階級としての人生に対する哀愁を湛えている。主人公を狙う殺し屋でさえも例外ではなく、寧ろ自らの死期を悟っているが故にその遣る瀬無さが強調されている。映画の視点は終始ロウワーな世界に向けられ、アウトサイダーとまでは行かずとも社会の下層で根を張るように細々と生きている人々を見つめている。殺し屋を診察する医師や安ホテルの受付、ハンバーガー屋のおっちゃんなど、ほんの少しの出番に過ぎない脇役にすら独特の存在感がある。

シュールなユーモアを下地にしつつ、耽美な撮影の中に“下層の労働者”の悲喜こもごもを滲ませる。日々の孤独や閉塞、仄かな絶望感。閉ざされた生活に身を置く彼らに対し、本作は飄々と寄り添ってくれる。露骨に背中を押したりはしないけれど、彼らを見つめる眼差しには不思議な温もりがある。滑稽さと仄暗さ、そして奇妙な優しさ。淡々としたテンポで紡がれる作風に何とも言えぬ心地良さがある。
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