マヒロ

愛、アムールのマヒロのレビュー・感想・評価

愛、アムール(2012年製作の映画)
4.0
パリに住む老夫婦のジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)とアンヌ(エマニュエル・リヴァ)は静かに仲睦まじく生活していたが、ある日突然アンヌが病気を発病し、加えてほぼ成功するだろうという手術に失敗したことにより突然不自由な暮らしを強いられることになる……というお話。

老老介護を描いたミヒャエル・ハネケ監督作品。
ハネケ監督の映画は人の悪意や目を背けたくなるような後ろ暗い感情を露骨に描き出すような作品が多いけど、今作ではタイトルそのものズバリ「愛」がテーマとなっている。ただ、ここで描かれるのは愛と聞いてイメージするような美しくピュアなものではないが。

妻のアンヌは元音楽家のようで、有望な若手ピアニストに師と慕われていたりとそのキャリアの名高さも折り紙付きの聡明そうな女性。ただその経歴からくるプライドの高さなのか、そもそも手術が失敗してしまった経験からなのか、病院へ行くことを頑なに拒んで自宅にいることを望み、夫であるジョルジュもそれを受け入れて自宅での介護が始まる。
正直ここから辛い介護の実態みたいなものが描かれるんじゃないかと変にこわごわしながら観ていたんだけど、そんな単純な話であるはずもなく、あくまで淡々と、徐々に変化していく二人の生活を切り取って描いていく。最初は初めての電動車椅子に乗ってはしゃいだりしていたアンヌも、症状が進むにつれてうわ言を呟いたり会話もままならなくなったりと、本来の聡明さを失っていく。ここは普通に辛い場面ではあるんだけど、ジョルジュはそれを苦にしているような様子はなく、弱音も言わず介護を続けている。
もちろんそれは素晴らしいことではあるんだけど、いくら本人の希望とはいえ裕福そうで余裕があるのにもかかわらず然るべき施設に入れてあげずに介護をし続けているのは果たして正しいことなのか?という気持ちにもなってくる。この話の結末の断片は映画冒頭で示されるので、結果を知っている観客側にとってはジョルジュの選択はどうも誤ったものに見えてくるという揺さぶり方がなんとも上手い。
また、症状が進んだアンヌはいよいよ生きることにすら悲観的になり、食事を拒否するようになる。もちろんだからといって放置したり手をかけたりすることは間違った選択肢だが、その状態になっても頑なに自分一人で介護をしようとするのは最早エゴに近いものがあるのでは……とも思ったり。

アンヌが死なせてほしいとまで願うようになるのはジョルジュに弱っていく自分を見られたくないというのが理由にあるだろうし、ジョルジュがどんな状況にあっても自分の手でアンヌを介護しようとするのは、彼女の意思を尊重して…ということ以上にアンヌにいなくなってほしくないという心理が大きいように思える。お互いがお互いを「愛」するが故に考えが食い違っていってしまうという無常さは、なんともいたたまれない。
舞台がほぼアパートの部屋に限定されているため常に目につく、二人の趣味が大いに反映されているんだろうなと思われるトーンの統一されたセンスの良い家具や綺麗に整頓されたレコードなんかの、これまでの夫婦の暮らしを想像させられるような生活感のある背景描写もガラッと変わってしまった二人の関係性を際立たせるよう。

映像として現れる場所も登場人物も極限まで少なく抑えられたミニマムな作品ながら、劇中での描写はもちろん、言葉では語られないような老夫婦のかつての生活やお互いへの本当の思いにまで考えが及んでしまう深い深い作品だった。レビューも言いたいことがありすぎて書いてるうちにわけわからなくなってきたので、ここら辺で打ち止めにしておく。

(2020.28)
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