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失楽園のotomisanのレビュー・感想・評価

失楽園(1997年製作の映画)
4.0
 ドラマの世界に不倫も心中も珍しくはないだろうが、どこか小綺麗で見栄えのよい二人がそんな体裁のままこのさき多難な愛を全うするにはどうしようかと思った末、ただ愛ばかりでというのか、ふたりで幸福この上ないいま死ねたなら、というわけで意外なほど幸福ありのままの姿を晒して死んでしまう。
 交接し抱擁したままの不審死とくればマスコミは黙っていまい。また解剖を要するとなれば二人はもう一緒ではいられないが、この世にない二人にはもうどうでもいいのだろう。しかし、ライフワーク「昭和史」の「最終章」が「阿部サダ」の久木なら、死んだその後に気が留まらないわけがないだろう。それでも世間の好奇の目にさらされる事も周囲の迷惑も顧みないほど、この世間は二人が生きるに値しないのか、それとも濡れ落ち葉のように生きて、いつか互いの零落に想いが褪せてしまうかもしれないのを恐れるのか?それが分からなくて悔しかったら、そんな恋をしてみるしかないだろう。
 そんな久木の昭和史後ろ半分とは、焼け跡に生まれて、ケネディーの死を看取って、学生運動に敗れて、仕事人間に改造された末、バブル敗戦ののちついに仕事の望みも利益追求で挫かれて敗残する負け組陥落の軌跡である。いい細君にいい家庭にも恵まれたろうが、いまのこれで後悔がなく凛子と二人とけ合ってしまうのならどうしようもない。
 そして、残された観衆がいい気なもんだぜと不満を鳴らすのも仕方ない。ただ、別れた細君が久木に持たせる春物が、ありふれた妻の気付きの名残りに過ぎないとしても、久木はそこで何かを見逃してしまったのではないかとも思う。見逃すくらいだからもう久木の中にそれに応える情感が失せていたという事かもしれないが、そんな無情さがひろがったそれまでの家族の日々は何だったのだろう。あの世紀末間際まで半世紀を実感した者にしか分からないような気がする。
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