ゴトウ

グランド・ブダペスト・ホテルのゴトウのレビュー・感想・評価

3.8
改めて観ると、伝聞されて美化される「物語」への讃歌というのは一貫してたのね(口伝→聞き取って執筆→活字で読む、伝聞の伝聞)。勘が鈍すぎて『フレンチディスパッチ』くらいでしっかり腑に落ちたので、ちょっと自分にがっかりした。史実としての戦争、ホロコーストへの反発を明確に題材としているのもあってか暴力描写も近作より強め、美術面やセリフの演出は相変わらずの「ウェス・アンダーソン節」なので、余計に流血や人体欠損が浮き上がって見える。

執事に対しては黙祷を捧げるのに、脱獄仲間の死にだけ「引き分けだな」と妙にドライなのもちょっと怖い。猫の死体がゴミ扱いされるし、ウィレムデフォーだけ淡々と怖いだけの人だし。近作にも残る「節」と徐々に薄まっている暴力性とが共存していて、遡って旧作を観ると意外に「いつものやつ」感がないというのも面白い。(ゆるっとした中に入ってくる皮肉や毒、という「節」とはまた種類が違うように感じた。)グスタヴのホテルを守る仕事の中には男娼的な面も含まれているのも印象的。ホモフォビアの悪役、移民のゼロを庇って戦うグスタヴといった描写はリベラルっぽくもありつつ、ホテルがやや後ろ暗い売春宿的な一面に支えられていたのではという疑惑も匂わせる。ゼロが同じような手法でホテルを維持したかどうかについては触れられていないけれど、本人の語りから割愛された部分は作家によって記述されることもない(メタ的には観客の側に映像として示されることもない)という点も考えざるを得なかった。

回想の中では華やかで色鮮やかなホテルが、老いたゼロと対面する場面になるとあからさまにくすんだ色合いになり、アスペクト比も変動する。ホテルが在りし日の輝きを失っているという前提はあるのだろうが、単純に舞台となる時代の変化を示しているというよりはやはり「いま・ここ」/「(虚実入り混じった)伝聞(から想像する光景)」の線引きと捉える方がしっくりくる。ウェス・アンダーソンの画作りが、「っぽい写真展」に象徴されるような「映え」の文脈に回収されていくのはもったいない気もしていたのだけれど、「インスタにあげてるのはキラキラした一面だけ」という前提のうえでタイムラインを閲覧するのはもはや当たり前のようなので、「眉唾物とわかりつつその美しさに目を奪われる」という意味ではやはりInstagram的な目線、「映え」の目線とウェス・アンダーソンに重なる部分はあるのかもしれない。対面で話していようが、本を読んでいようが、BeRealだろうがXだろうが、「程度の差こそあれど他人の話は眉唾」というのは変わらないのですが。
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