ゴトウ

落下の解剖学のゴトウのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.0
「落ちる(上から下に移動する)」モチーフが繰り返される。「夫婦関係が破綻していく様を描きたかった」とパンフレットで監督が語っていたが、壊れゆくのがわかっていて止められない物事ばかりが描かれているように思えた。本当のところがわからないまま延々と夫婦の口論を聞かされる場面はかなりしんどく、ヒートアップしてしまう過程も含めて大変生々しい。過去の発言を掘り返して誰かを悪者にしようとすればいくらでもできてしまう危うさも感じるものの、主人公サンドラのこともだんだん応援したくなくなっていく。とはいえ、こちらの態度として「どうでもいい正解よりも面白そうなフェイクを愛する」せいで現実の事件がネタ化されるのは考えものだとも思わされた。

作家として成功しているサンドラ、カジュアルに複数の相手とセックスし、子どもの世話は誰かに頼めば良いじゃない、という考えが夫と衝突する。夫の方にもプライドが高すぎて作品が完成できないとか、勝手に規範意識に囚われているのを他人にも押し付けているとか、問題はいろいろあるのだろうけれど、クリエイターとして一定の成功を収めているサンドラの態度はかなり乱暴に見えた。「やりゃいいじゃん」「私みたいにすればいいじゃん」というのは強者の理論すぎるし、みんながそんな風にできたら苦労しないよ…とやるせない気持ちになってしまうのもよくわかる……。

法廷劇として描かれてはいるものの、過去の言動を掘り返して悪人か善人かを決めるような局面は、日々の生活の中にもいくらでもあるように思われる。叩いて埃が出ない人などいないような気もするし、あそこまで根掘り葉掘り晒されてしまってはもう判決がどうでも関係ないようにも思えてしまう。とりわけ、「こういう猟奇的な作品を書いているのだから人殺しをしてもおかしくない」という部分は実社会でも度々取り沙汰されるが答えは出ない問いでしょう。それこそ『アメリカン・フィクション』で描かれていたような「どこまで作り手に『リアル』を求めるか」問題とも根っこは同じで、どこか「どの口が言うか?」を意識してしまっている一方、じゃあその言動行動を理由にカニエやタランティーノの作品なんかもう二度と再生しない!とも言いたくない気はする。逆に百田尚樹の本とか読む気がしないというのもあり、やはり線引きは難しい。他人の私生活をコンテンツとして消費することには慎重になるべき、みたいにお茶を濁すしかないのだろうか。「女性蔑視的なリリックの曲が流れていたから女性に対して怒っていたに違いない」というのは、「アニメばかり見ているのは人殺しだ」と同レベルのような気もしてしまった。

結局何が本当だったのかはわからずじまいだが、自分に恋愛感情を持っていると知っていて弁護士を雇うサンドラの計算高さは信用ならないように思える。その弁護士・ヴァンサンをして「犬に似ている」と評されたサンドラ。ダニエルの盲導犬・スヌープのように、一心不乱に裁判や人々を自分の望む方向に誘導していたのではないか?とも思えてしまい、モヤモヤが残る結末だった。なお、スヌープ役のボーダーコリー、メッシの素晴らしい演技犬ぶりも見どころ。ダニエルが母サンドラを救ったとも取れる結末、誰が何をどこまでわかっていたのか?本当のところは誰もわからないし、実際は誰も興味がないのかもしれない。言葉の壁の要素もあり、伝えたいことが本当に伝わっているのか?という不安を加速させていた。

視力に障害を抱えているダニエルに対して、突然大音量で音楽流してしまう父親も配慮がないような印象の冒頭部分、音楽が止まりそうなタイミングで止まらない。録音が何度も流されたり、車のエンジン音が響き渡ったり、音響面にもどこか引っかかる部分が多かった印象。次観ることがあったら注意してチェックしたいところ。

パンフレットは内容薄かったです。絶対買うべきというほどではないかも。
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