ラウぺ

グランド・ブダペスト・ホテルのラウぺのレビュー・感想・評価

4.4
冒頭からおとぎ話のような雰囲気と絵本のような映像、優雅で上品な世界がとめどなく続く、上質なコメディです。
戦前の中央ヨーロッパの、今や失われた優雅な雰囲気を、ほのかな郷愁を漂わせながら物語が進みます。このまま無限に浸って居たい思いに駆られる不思議な映画。
上映時間1時間45分と決して長い映画ではありませんが、実に充実した時間を過ごすことができます。

監督がこの時代のここにしかない雰囲気をいかに大切にしているのかが、画面を通してひしひしと伝わってくるのですが、最後に「シュテファン・ツヴァイクの著作からインスパイアされた」とのクレジットが出て、なるほどと納得。
シュテファン・ツヴァイクは戦前・戦中のユダヤ系オーストリア人の文化人で、まさにこの映画の世界を体現したような人物でした。
作曲家のリヒャルト・シュトラウスは第三帝国の帝国音楽院総裁という枢要な地位にあったにも関わらず、ツヴァイクの台本のオペラから彼の名前を外させようという圧力をはねつけ、政治的立場(と彼の家族)を危険に晒すという事件がありましたが、ナチス支配下においてもツヴァイクの文化的影響力はそれほど多大なものがあったわけです。
リヒャルト・シュトラウスの件は「このような時代においてもわずかながらでも良心は存在した」典型的事例でもあったわけですが、やがてというか、既にそのような時代は失われ、過去のものとなっていたのでした。
19世紀末から20世紀初頭の中央ヨーロッパには世紀末ウィーンに代表されるように、確かにこのような優雅で、ウィットに富んだ時代があったのです。

過去の事件の顛末が語られ、それぞれの主人公の今日に至るまでの月日、さびれたホテルの歴史の重さを感じつつ、映画が終わる余韻の心地よさは、これまで見たどの映画よりも幸福な時間を感じることができました。
映画を見たあと、また見たいという作品は必ずしもそう多くはないのですが、この作品はすぐにでもまた見たいと思う稀有の映画だと思いました。
ラウぺ

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