The world's first mutant
傑作『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』、快作『X-MEN:フューチャー&パスト』と、リブート後の20世紀FOXのX-MEN世界は順調だったかに見えたが……という。予告の段階から不吉な予感はあったけど、実際見てみると、リブートで再興された映画X-MENの世界が音を立てて崩壊していく過程を見せられているような、そんな印象。フェニックスというよりハウス・オブ・Mのような感じで、信頼が消えていく。個々の要素だけ見れば悪くないものも幾つかあるのに、それがまとまると、なんともまぁ微妙な感じに仕上がるのがブライアン・シンガークオリティなのか。脚本のサイモン・キンバーグもリブート版の『ファンタスティック・フォー』に引き続いてやらかしているように見えてしまうが……。
本作は、フューチャー&パストを経たことで、カナダ政府とストライカー“大佐”以外がミュータントに興味を失ってしまったかのような世界で、神を自称するクセに、裏切られてピタゴラスイッチで地中に封じ込められた最古のミュータント(これも自称な上に、間違っている)であるエン・サバー・ヌール(オスカー・アイザック演、以下アポカリプス)がカルト教団と忘却のCIA職員:モイラ・マクタガートのうっかりで復活、場当たり的に黙示録の四騎士を集めて世界を一度滅ぼして王国作る的な、スクラップ・アンド・ビルド的なことを言い出して一通り暴れるという話。
本作中でも勿論ミュータントに対する迫害、偏見、暴力は描かれているわけだけど、過去作のようにそれが対立軸にはなっていなくて、欠片もユーモアを発揮しない/させてもらえないオスカー・アイザックを(アポカリプスを)40過ぎの中年3人と、不安定なティーンでなんとか押し止めよう、瓦礫と化したエジプトの地で、みたいなスケール感に欠ける物語が代わりに展開される。偏在する悪意や無理解へのカウンターをアポカリプスに集約してしまったが為に、迫害や悲劇それぞれに宿っていた感情や苦しさ等の襞が平に均されて、モヤモヤだけが増幅されるような形になってしまっている。特にエリック(マグニートー)のエピソードの取り返しのつかなさっぷりは、リブート後の世界の温度ではないというか、その後の救いがどうやっても嘘になってしまうレベルで、にも関わらず中途半端にアポカリプスが介入したことで全てが曖昧化、チャールズとの関係も曖昧なまま終わっていくという、これほど不誠実なこともないだろうと言わずにはいられい。それどころか、レイヴン/ミスティークとエリックの関係もこれといったフォローもないし、キャメオというには中途半端に長い尺出てきたウルヴァリンの扱いも、実際状況を前に進めるためのスイッチみたいなものでしかなかった……バーで参加を断った方がまだマシだったんじゃないのかこれ。また、アポカリプスに対しての勝利も、仲間が云々というより、覚醒したジーン・グレイ=フェニックスのおかげであって、せめて仲間との連携で勝利したという作中の理屈があってもよかったのでは。あれでは、アポカリプスにはフェニックスぶつけとけばなんとかなるという風にしか見えず(実際その通りだったし)、X-MENとアポカリプスに彼我の差がまるでないことになってしまうからだ。
良かったところとしてはクイックシルバーの学園でのシークエンスとか、ナイトクローラー全般とか、かな。あと冒頭のピタゴラスイッチは楽しかった。
アクション娯楽大作映画として、何か間違ったことをしているかと言えば、それほど間違ってはいないのかもしれないけど、大作なら大作なほど繊細な扱いをしなければならないシナリオや演出の機微があって、本作はそれらを悉く外しているように見えた。シリーズモノで浮き沈みがあるのは仕方ないことなので、次回作以降盛り返せればそれでいいと思うけど、本作はオスカー・アイザックの使い方含めて残念なところが多すぎたかな。
All is relealed.