くろみまりこ

アイアムアヒーローのくろみまりこのレビュー・感想・評価

アイアムアヒーロー(2015年製作の映画)
2.1
ゾンビ映画は、『日常が崩壊し非日常が生まれる混乱』と『ゾンビの気持ち悪さ』が最重要点だと思う。もしかしたら、どんなに陳腐なストーリーでもこの二点さえ素晴らしければよくできたゾンビ映画として評価できるのかもしれないし、大満足!という人もいるのかもしれない。

今作『アイアムアヒーロー』は、この二点に関しては非常によくできていた。劇中の"ZQN"というゾンビ怪物のグロテスクさや気味悪さの見せ方には容赦がなく、主人公が初めてゾンビと対面するシーンや大群が襲ってくる場面も迫力があった。
特に良かったのはZQN誕生によって世界に崩壊と混乱が訪れる場面。普通のゾンビと違って『噛まれてもすぐに発症しない(傷の程度で違う)』、『ゾンビ化しても、会話ができたり人間的なふるまいを残す』といったZQNならではの特徴が、日常から非日常へうつりかわるゾンビ映画の緊迫感演出に大きく貢献している。また、原作漫画でも斬新だった"人間がだんだんとZQN化していく様子"の描写も魅力的に映像化されており、まったく新しいタイプのゾンビ映画となっていた。街中にZQNが溢れ出すパニックシーンは(邦画では非常に稀な)できるだけ長回しを使っての撮影で面白かった。
以上のことから、ゾンビ映画の最重要な二点に関してはとてもよくできていたと思う。

ただ、良かったのは本当にその二点のみだった。その他、登場人物や全体的なドラマの描き方、カメラワーク、漫画を実写化するうえでの演出力などの出来が残念なほどに酷く、なぜここまで評価が高いのか理解に苦しむ。

まず、何から何まで説明的すぎる。
特に酷いのが主人公ヒデオの独り言。彼は妄想や独り言が多い性格らしいが、彼の独り言がただの独り言として機能しているのは序盤の職場での妄想シーンのみ。あとは全て、ヒデオの心情を説明するためだけの言葉に過ぎない。
漫画と違い、微妙な表情の変化で伝えられることが実写では可能であるのに、何故わざわざ人物に喋らせなければいけないのか理解できないセリフが山ほど登場する。なにからなにまで説明台詞を吐くのはテレビドラマだけにしてほしい。

次に酷いのは、明らかに伏線と思わせるようなショットや会話を配置していながら、それらが全く回収されずに終わること。映画を見終わってから「あの件結局どうなったの?」という疑問が多々残る。序盤アパートから転がる携帯電話やネコ缶のくだり、有村架純のお気に入り音楽なんかがそうだ。あんなふうに携帯電話をうつすならその後携帯がなくて焦るヒデオのパニックは面白おかしくできそうだし、音楽に関しても(中盤で少し触れはするものの)わざわざエンドロールで流すほどの存在感があったかというと特にない。結局ネコ缶は見つかったの?有村架純の食生活大丈夫?あんなのはラストカットの車でネコ缶を食べるヒロミの図さえあればじゅうぶんホッとできるのに、放りっぱなしだから気になって仕方がない。
これらのムダ伏線は、原作と同じシーンや展開をなるべく盛り込もうとしたゆえだと思うが、それがひとつの映画内で解決しないのならば物語にあえて入れる必要はない。それでは"実写化"ではく、ただの"漫画の再現ドラマ"になってしまう。原作ファンが実写化に期待することとして"忠実な再現"というものがよく挙げられるが、正直なにからなにまで原作にのっとって意味もない再現を繰り返すのは一本の映画としての軸がブレるのでやめたほうが良い。

もっと酷いのはヒロイン2人の存在。
有村架純は序盤しか活躍せずお荷物状態。一度はヒデオの命を救ったとはいえ、ヒデオと彼女が親密になるドラマの描き方が不十分なため、なぜあそこまでして彼女を大事に守るかがまったくわからない。
長澤まさみに到っては映画全編通して見せ場が無い。カッコイイ登場シーンからは彼女が数日前までただの看護師だったようにはまるで見えず、逃げてきたナースという唯一の特徴もとくに物語には生かされない。原作を読んでいる人は彼女たちのキャラクターについて脳内補完できるかもしれないが、この映画だけで見ると「うーん別にいなくても良いよね!」という存在。もう誰にも感情移入ができない。

極めつけで酷いのはラストカット。
原爆が落ちたのかと思いました。
ヒデオが最後に改めて自己紹介する場面もなんだかスカっとしないし、少なくとも女子2人のヒーローだったんだからもっと胸張れば良いのに...なんてモヤモヤしてたらホワイトアウト。本当に核爆弾投下にしか見えなかったが、そのほうが名も無きヒーローへの皮肉っぽくて良かったのではないだろうか。

ゾンビ映画としての魅力はじゅうぶん描かれており、その手の映画祭での高評価にも納得はいくが、ひとつの映画、ドラマとして見ると残念な作品だったと思う。
いろいろな意味で非常に勿体無い映画でした。う