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シビル・ウォー/キャプテン・アメリカのshxtpieのレビュー・感想・評価

3.0
MCU のシリーズにおいてうまく描けていないのが、キャプテン・アメリカ = スティーヴ・ロジャースのストレートアヘッドで高潔な精神性、そして彼が「自由・博愛・平等」というアメリカのコンセプトを信奉し、それに跪いている、という部分なのですが、そのあたりが掴めないと、『ウィンター・ソルジャー』とこの『シビル・ウォー』におけるキャップの行動原理がよくわからなくなってしまうように感じます(その点、原作コミックはまあまあよくできています)。キャップは一見、バッキーとの友情のために闘っているように見えますが、実は上記のコンセプトを実現するために(良くも悪くも)闘っているのだ、ということを我々は映画から汲み取らねばなりません(しかしそのキャップのキャラ立ちの薄さは、常に困り眉なクリス・エヴァンスという俳優の表現力の限界によるものであるのかもしれません。それは、マイティ・ソーのシリーズや『マン・オブ・スティール』シリーズのスーパーマンにも言えそうです。ロバート・ダウニー・ Jr. によるアイアンマン = トニー・スタークと比較してみましょう)。

とはいえやはり、キャップは自らが信じるコンセプトと友情とのあいだで引き裂かれてもいるわけです。いや、キャップだけでなく、『シビル・ウォー』におけるスーパーヒーローたちは全員が二律背反(私怨をおおいに含む)に引き裂かれている、と言えるでしょう。特に、トニーはかなり複雑な葛藤を抱えています。奨学金で釣って利用したあげく、キャップとの闘いにおいて倒れ伏すスパイダーマンに「お前はもう家に帰れ」と切り捨てるシーンはトニーの強烈なエゴイストっぷりを見事に表していて、巧みだと思いました。キャップは性善説を、トニーは性悪説を信じているのだ、という見かたもできましょう。

おもしろかったのはヴィジョンです。あらゆるパターンの分析から最適解を導くべき人工知能であるヴィジョンは、映画においていくつかの誤りを犯します。それが人工知能の特性であるのか、あるいはヴィジョンは人工知能を超え、まちがいを犯す「人間」になってしまったのか。

正義のためのスーパーパワーがスーパーヴィランの悪行と悲劇とを招いているのではないか、という現代アメリカにおいては喫緊の問題と思われる問いかけ(だから、アメリカは自国のことをまずなんとかするべきだ、と主張するトランプの登場は必然なわけです)は、スーパーマンのコミックや『ダークナイト』でお馴染みなものではありますが、そこに対する答えとしての「ソコヴィア協定」とそのゆくえに関してはもうすこし深く描けなかったかな、とも思います。しかしそのあたりの問いかけにあえて挑もうとするルッソ兄弟や脚本家たちの志はかなり高く感じられます。

また、上述したようなそれぞれのキャラクターの苦悩の描きかたや「押し潰されそうなスパイダーマン」の描写等、コミックファンの心を掴む細部の巧さにはなかなかうならされました。ラストの alt-J の曲もよかったです。
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