アカバネ

ボーダーラインのアカバネのレビュー・感想・評価

ボーダーライン(2015年製作の映画)
4.7
「ライド型映画」に留まることを許さない、鬼のヴィルヌーヴ。

2010年あたりから現在に至るまで、「メキシコ麻薬カルテル」を題材とした映画がじわじわと量産されてきた。最近ではイーストウッドやスタローンの映画もこの要素を取り入れているだけに、これは一つの流行と言っても過言ではないだろう。
この題材がここまで流行る理由としては、「現在進行形で現実に存在する”絶対的な敵”として描きやすい」、「巨大でありながら掴みどころのない組織形態、容赦のない残虐な手口の恐ろしさが物語に映える」というのが主ではないだろうか。

ここまでそういった映画が量産されてきたとなると、題材としての「メキシコ麻薬カルテル」は最早珍しいものではなくなり、これからは「如何にこの題材を自分の作品らしく落とし込むか」というのが見所になってくるのではないかとも考えられる。
パッと思い浮かぶ例としては、リドリー・スコットの『悪の法則』が挙げられるだろう。あの映画においては先程記述した「掴みどころのない組織形態、容赦のない残虐な手口」というのがそのまま、一度起動すると止まらないシステムのメタファーとして描かれているのだ。

今回はこれらを踏まえたうえで本作の感想を述べていきたいと思う。

本作を監督したドゥニ・ヴィルヌーヴは、その卓越した物語の構成力が一番の魅力と言ってもいい人物である。彼の監督作には『灼熱の魂』や『プリズナーズ』、最近では『メッセージ』や『ブレードランナー 2049』などがあり、一見して様々なジャンルの映画を撮ってはいるが、それらの物語には一つの共通点がある。それは「主人公がある出来事をきっかけに、それまで認知していなかった世界の側面を知る」という点であると私は考えている。『灼熱の魂』の主人公ら姉弟は母の遺言書で凄惨なレバノン内戦の過去を知り、『ブレードランナー 2049』の主人公はある事件をきっかけに自らの知られざる出自と巨大企業の陰謀を知る。この要素は本作においても健在である。
エミリー・ブラント演じるFBIの主人公ケイトは、ある日麻薬カルテル掃討作戦の部隊のメンバーに選抜される。ことの詳細を教えたがらないジョシュ・ブローリンやベニチオ・デル・トロに疑心を抱きながらもメキシコでの作戦に臨む彼女を待ち受けていたのは、それまでの常識が全く通用しない世界だった...というのが本作序盤のあらすじである。
ここで先程記述したヴィルヌーヴ監督作の特色である「認知していなかった世界の側面を知る」というのが、初めてのメキシコでの作戦に臨むケイトの心情にそのまま重なる。それと同時に「麻薬カルテルの支配する恐ろしい世界に初めて足を踏み入れていく」、更には「作戦の詳細を知らされず起こる事態をただ後ろから見ていることしかできない」という主人公の状況が、そのまま本作を鑑賞している観客の状況ともリンクし、『トレーニング デイ』のような「ライド型映画」としての本作の面白さにも繋がるのだ。
「ライド型映画」と表記することで「出来事に対して行き当たりばったりな映画」であると勘違いしてしまうかもしれないが、それとも少し違うのが本作の特筆すべき点である。
本作メインキャラクターは特殊部隊の人間であるだけに、それぞれの作戦の前には必ずブリーフィングの場面が存在し、その場面では「もし敵が襲って来るとしたらこの地点だ」「現地の警察は信用するな」などの警告が行われる。これによって後の展開を飲み込みやすくするだけに留まらず、後の場面でそれに該当する出来事(問題の地点に近づいたり警察車両が画面に現れたり)が起こる度に物語の緊張感を継続させるという効果もあるのだ。

ここまで「上質なライド型映画」としての本作の感想を述べてきたが、本作はこれに留まることを許さない。「傍観者」から「当事者」になることで、初めて世界の知られざる側面を知ることができるのだ。
文字通り「闇に消えゆく人々」を映したロジャー・ディーキンスの美しい撮影から始まるクライマックスの作戦。ネタバレにならないように要所は避けたいが、ある箇所で物語は一気に180度転換する。二人が交わす視線の交差、これによって物語は傍観者から当事者の目線へとシームレスに移り変わり、それまでは決して知り得なかった真実へと突き進む。
その真実にしても、ただ衝撃的に明かされるのではなく、それまでの様々な箇所で薄っすらと観客に提示し続けていたのも巧い。
そして最後には、冒頭の字幕にて説明されていた『SICARIO』の文字が堂々と表示される。これによって観客は「確かにこれは最初からSICARIOについての物語だったんだ」と思い知らされるのだ。

他にもリアリティ溢れるミリタリー描写や、紺のシャツに白スーツを着るデル・トロの格好良さ、ケイト以上に何も知らないダニエル・カルーヤ演じるレジーの面白さ、幾何学に並んだ住宅や車両を映す撮影の不気味さなど素晴らしい点は幾つもある。しかし何よりも、ドゥニ・ヴィルヌーヴの卓越した物語構成力を観るたびに再認識させられる映画なのには違いない。
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