アカバネ

リチャード・ジュエルのアカバネのレビュー・感想・評価

リチャード・ジュエル(2019年製作の映画)
4.5
『正義を信じて、握り締めて』マインド映画。

まず本作は描いている内容が内容なだけに、「マスコミの偏向報道」やら「FBIのずさんなプロファイリング、捜査」といった分かり易いメッセージが提示されていると一見して思われる。
しかしながら、私が思うに本作はそういった映画ではない。何せ監督はクリント・イーストウッドだ。

単刀直入に言って彼はよく変な映画を撮るが、長い監督キャリアの中でも2000年以降はそれに拍車が掛かっている。『インビクタス/負けざる者たち』や『15時17分、パリ行き』、『運び屋』などなど...予告編を観た段階と映画本編を観た後では印象が全く異なる映画ばかりである。
そんな彼が、ただ本作を「マスコミの偏向報道」などといったありきたりな社会問題を題材に撮るようには到底思えない。
当然のことながら、どちらかといえば本作は、リチャード・ジュエル本人を描くことに重きを置いた映画であると言えるだろう。
近年のイーストウッド監督作が、実話を元に当事者のパーソナルな面を描いた映画ばかりなことから見ても、それは明らかだ。

何より私自身が本作のそういった面に大きく感動させられたというのもある。
「銃器マニアで警備員職に就いているポール・ウォルター・ハウザー」という、如何にもナメられがちな人物像の主人公だ。彼はFBIのずさんなプロファイリングや捜査を身をもって体験し、憧れへの幻想が打ち砕かれ、そこから己なりの正義を確立させる。そして国家権力を相手にガチンコ勝負をしてみせるのだから、リスペクトせざるを得ない。
TVアニメ『戦姫絶唱シンフォギアG』のキャラクターソングのタイトルに『正義を信じて、握り締めて』というのがあるが、本作は正にそんな言葉が相応しい映画である。

また、分かり易い劇中の盛り上がりや感情の起伏が多すぎない点は、近年のアメリカ大作映画とは対照的で、あざとすぎず調度良い塩梅に感じた。
イーストウッド監督作らしく、冷たく陰影のくっきりした画面の色彩設計も相変わらずで、シリアスな本作に相応しい魅力を与えている。
更にはジュエルとワトソンの関係性や、彼らがどのような人柄であるかというのを冒頭の僅かな時間で、尚且つ説明的でなくさり気無い会話のなかで示しているのが素晴らしい。監督キャリアの長いイーストウッドであるからこそ成せる業なのだろう。

結果的にストーリー以外は「いつものイーストウッド映画」という感じで、ずば抜けて滅茶苦茶面白いというわけではないものの、見事な手腕もあって文句の付け所が全くない。語弊があるかもしれないが、「面白過ぎない」という調度良さのある映画だ。
彼の映画が好きな身としては、今回も大満足である。
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