アカバネ

Mr.ノーバディのアカバネのレビュー・感想・評価

Mr.ノーバディ(2021年製作の映画)
4.5
多才系暴力映画

本作を撮ったイリヤ・ナイシュラーは、かつて2015年に公開された『ハード・コア』の監督でもある。
当時あの映画で最も注目されたのは「全編一人称視点のアクション映画」という、2010年代あたりからよく見られたPOVブームの究極系とも言えるものだった。
それと同時に、あの映画では間違いなく「暴力映画」としての片鱗があったのも否定できない。代表的な所で言えばオープニングの一連のシークエンスがそうで、The Stranglersの『Let Me Down Easy』を流しながら本編とは脈略のない様々な暴力をスローモーションで見せるという最高なものだった。
とは言いつつも、全編一人称視点のインパクトがデカすぎて一瞬でも気を抜くとそれを意識する暇すら与えられなかったのが『ハード・コア』だったような気がする。

そこからの本作である。
実験的な撮影手法を全編に取り入れた前作に対して伝統的な撮影スタイルに落ち着いた本作は、先程記述したような暴力映画的要素を炸裂させるのに最適だったと言える。
まず、格闘戦を中心にアクションひとつひとつの始まりから終わりまでを、ある程度俯瞰した見やすい視点からカットを割らずに撮っている。ぶっちゃけ近年の”嬉しい”タイプの映画は大体この演出をやってくれているので、これがもたらす効果とかは改めて特筆するまでもないだろう。しかし観ていて嬉しい演出であるのには違いない。アクションがスタイリッシュ過ぎず、しかしその鈍重さがワンカットの撮影と相まって動きに重力をしっかりと感じさせるあたりも本作が信頼できる所以である。
また、ボブ・オデンカーク演じる主人公のハッチが、ちゃんと負傷していきながらアクションを展開するというのも嬉しいポイントだ。「ナメてた相手が殺人マシンでした映画」としての爽快感あるアクションを展開しつつ、殴ったり殴られたりな暴力の応酬でシーンに抑揚とリズムをもたらす。これは本作の製作に携わっているデヴィッド・リーチが2017年に公開した『アトミック・ブロンド』を思わせる。

これら工夫の凝らされたアクションが満遍なく展開する中盤バス内での戦闘は本作の白眉と言えるだろう。先程も記述した暴力の応酬に加え、妥協のないゴア描写によってその痛みやイヤな感じがしっかり伝わってくる。本作がアクション映画としても暴力映画としても、又はコメディ映画としても優れていることを感じさせられる名場面である。
更にはそこからバディ映画的で、尚且つ昨年の『ランボー ラスト・ブラッド』的な側面まで見せられるのだから、本作のサービス精神に嬉しくなってくる。

といった感じでここまでアクション周りの面について言及してみたが、本作を語るうえでは家庭周りの描写も無視できない。
序盤では主人公のハッチが家族内ヒエラルキーで最も低い位置にあることが描かれるが、なかでも「奥さんと一緒に寝ているベッドに、二人の間を隔てる壁のような形で枕(?)が幾つも立てられている」という描写が印象的であるが、これが中盤のある感動的な演出に活かされるのだ。
ぶっちゃけ大した演出ではないのかもしれないが、本作を「凡百のアクション映画より少しはマシ」レベルの期待値で観に行った自分としては思わぬ感動があった。
他にも予告編で印象的に登場した’72年型ダッジ・チャレンジャーを、序盤では停車しているところだけ映し、主人公が振り切るとこまで振り切った中盤のある場面で初めて走る姿を映すといった焦らし→解放な演出も印象的だった。
様々なシーンのバックでバリエーション豊かで尚且つシーンの状況にも合った音楽が流れるのは、『Biting Elbow』というロックバンドもやっている監督ならではの感覚によるところもあるのだろうか。あと、全体的な話運びのテキパキさも素晴らしいが、そこら辺もそんな感じなんじゃなかろうか。知らないけど。

そんな感じで素晴らしいアクションだけに留まらず、様々な演出(すべて監督が考えたものじゃない可能性もあるが)からナイシュラー監督の多才ぶりにも気づかされる映画であった。
次回作も是非観に行きたい。
アカバネ

アカバネ