晴れない空の降らない雨

黄金の馬車の晴れない空の降らない雨のレビュー・感想・評価

黄金の馬車(1953年製作の映画)
3.8
 本作も例によって例のごとく四角関係を扱っている。が、前作『河』からうってかわって、本作のルノワールは人工的なセットの世界に戻っていく。自然の色をフィルムに収めた前作に対し、人工的な派手なカラーを試してみたかったのかもしれない。
 本作は、メタフィクショナルな構成をつうじて、芝居と現実について掘り下げることが主眼である。この造りはラストを観れば一目瞭然だし、そこから冒頭を見返せば成る程と思うだろう。しかしそれだけでなく、このラストが近づくにつれて、観客にセットが作り物であることを意識させていく巧妙な演出がみられる。つまり、会議室を挟んで2人の愛人の間を行ったり来たりする総督をコミカルに描きつつ、この単純な横移動から観客が人工的な雰囲気を感じ取るように仕向けている。しかも、立ち去るカミーラにメタ的なセリフを吐かせている。次の宿屋のシークエンスも、凝ったセットを用意し、ゴチャゴチャした画面で楽しませてくれるが、それだけやはり舞台的になる。最後の宮廷シーンは言うまでもない。
 四角関係ではあるものの、事実上は総督とカミーラの恋愛遊戯に焦点があてられている。それは、総督がまさに「総督という立場を演じている人間」だからである。そういった云々について細かくここに書く元気も能力もないので端折るが、とにかく映画は結局カミーラを舞台の中に閉じ込めてしまう。これは『ゲームの規則』が伯爵夫人に与えたと同じ結末、結論だが、あちらよりも明瞭かつ「劇的」に示されている。
 そういった演出の狙いは完璧すぎるくらい果たせているが、やはり空間的な窮屈さは否めず、同時に、思弁が先行したために映画としては硬直気味に感じられてしまった。個人的な好みでいえば、1930年代の傑作たちに軍配をあげたくなってしまう。