Dick

ハッピーアワーのDickのレビュー・感想・評価

ハッピーアワー(2015年製作の映画)
3.5
2016/02/22シネマスコーレで鑑賞時のレビュー

●まとめ:映画の文法に従わない5時間超の異色作。
「面白かったか?」、「つまらなかったか?」と聞かれれば、「面白かった」と答える。
ストーリーに納得し、共感するが、褒めることは出来ない。

❶映画には「映画の文法」がある。
「映画の文法」とは何か?
それは、1895年の映画誕生以来、星の数に上るほど多くの映画人が、「良い映画」を作るために、創意工夫と試行錯誤を繰り返しながら、積み重ねてきた努力の集大成なのだ。
それを一言で要約すると、「観客を楽しくさせるための方策」であると思う。

➋歴史に残る名画や、そこまで至らずとも、心に残る秀作には共通点がある。
それは、「映画の文法」に従っていると言うことだ。

➌一方、わざと「映画の文法」に従わず、観客にショックや不快感を与えて印象つける手法もある。
「カルト・ムービー」と言われる作品にはこの手法によるものが多い。
しかし、この種の作品の支持者はマイナーであり、メジャーな支持は得られない。

❹さて、ここから本作について語ろう。
本作には「映画の文法」に従っていない点が多くある。
以下、登場順に説明しよう。

❺問題1:環境騒音が大きすぎる。
①車のエンジン音、クラクション音、足音等の環境騒音が絶え間なく、異常に大きく誇張されていて、耳障りで不快になる。
②これが登場人物のイライラや不安を強調する演出効果であることは理解するが、こんな手法に頼らずとも同じ効果が出せるのだ。

❻問題2:逆光撮影が多いが、人物の顔の表情が陰で見えない。
①1回、2回ならまだしも、3回、4回と続くとイライラする。腹立たしくなる。
②表情を隠すことは、感情を隠すことで、その人物が何を考えているのかを分からなくする演出効果であることは理解するが、こんな手法に頼らずとも、同じ効果が出せるのだ。
③「映画は光と影の仕草だと思います。」と巨匠市川崑が言っているが、陰影(かげかげ)では話にならない。

❼クレジットを見るまでは、本作のスタッフには、「録音技師」も、「照明技師」もついていないのではないか?と思った。しかし、エンドクレジットでは両者共記載されていた。
つまり、録音技師も、照明技師も本来の仕事をしていなかったことになる。
考えられる原因は2つ。
①両者共素人だった。
②監督の意向で、技師の意に反した仕事をさせられた。
答えが②であることは明白だ。
「整音」はクレジットがなかった。
③こんな直接表現を進めると、雨を降らせたり、臭いを出させたりする4DXの世界になってしまうだろう。

❽問題3:尺が冗長で長すぎる。これが最大の問題。
①特定のシーンをドキュメンタリー的に長々と撮っている。
特に長いのが3つある。
ⓐワークショップ「重心に聞く」。
まるで、想田 和弘の「観察映画」だ。
ⓑワークショップの打ち上げ会。
ⓒ若手女流作家の朗読会。
②この3つのエピソードはつまらなくはない。それどころか、興味深く面白く観ていられる。
張られている伏線の効果も理解する。
③独立したドキュメンタリーならそれでも良いが、本作は劇映画なのだ。
こんなことをしていたら時間がどんどん長くなってしまう。
④実際に、本作は5時間17分の長尺で、第1部から3部までに分けて上映され、3本分の料金が必要で、観客にも負担をかけている。
⑤第1部から3部に分かれる場合、タイトルは毎回出るのがしきたりだが、本3部作ではタイトルが出るのは第1部のみ。これも観客に対する配慮が足りない。
⑥5時間以上かけないと名画が出来ないと言うのなら仕方がないが、そうでないことが問題なのだ。
⑦事実、名作と言われる日本映画の大半は2時間以内である。
黒澤明、小津安二郎、溝口健二、市川崑、大島渚、木下恵介、成瀬巳喜男、今井正、山田洋二等の一流監督なら、2時間以内で仕上げていただろう。
⑧一昨年公開されたツァイ・ミンリャン監督の引退作品『郊遊 <ピクニック>(13台湾)』は、2014年度外国映画マイワーストテンのトップだったが、同じシーンを長々と撮る引き延ばし撮影が随所にあった。それでも上映時間は138分である。

❾黄金時代の日本映画は、今観ても面白い。
若尾文子や市川雷蔵の映画は、何回もリバイバルされても、客が入る。
その理由は、スターの魅力が一番なのだが、それに加え、映画自体が面白いことが重要な要因だ。

❿これ等の作品に共通する一番大事なことは、「映画の文法」に従っていると言うこと。

⓫私の提言:
①本作は5時間を超える長尺で、前売り料金も3,600円する。だから、敬遠する観客も多い。
②2時間以内に収めれば、当日料金は一般1,700円。面白い映画なら、客は2倍も3倍も入る。
観客の疲れは少なくなり、映画館の収入も増える。
そして、それは「映画の文法」に従えば可能なのだ。
これこそ「ハッピーアワー」だ。
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