このレビューはネタバレを含みます
全編のうち95%がミスリード、ラストの結婚45周年パーティーで真相が明かされる心理ミステリーが本作の正体であろう。
“さざなみ”という邦題を支持している方が数多く見受けられるが、一通の手紙によって亀裂が入った熟年夫婦を追ったメロドラマというのは本作表向きの顔にすぎない。
前回で紹介したトッド・ヘインズやオゾン、そして本作を監督したアンドリュー・ハイなど、ゲイの映画監督というのは総じて女性に対して厳しい視点を持っていることにまずは気をつけたい。
温暖化の影響で溶け出した氷河から表出したのは、昔の恋人に対する未練だけだったのか。お互い内緒でこそこそ吸っている煙や、主人公が何度も覗きこむ鏡などのメタファーに注意して本作を見直すと、ラストのケイト(シャーロット・ランプリング)がとった行動の意味がなんとなくわかるはずだ。
<以下、ネタバレ注意>
何といってもスチュワート・コートネイ演じる夫ジェフのタヌキぶりに最注目だ。
バイパス手術を受けて気力、体力ともに衰えを感じはじめたジェフは、まるで年下のケイトの愛情度を探る(嫉妬心を操る)ように昔の恋人の話を蒸し返す。半分ボケちゃったんじゃないのと思わせる迫真の演技に、ケイトならずとも観客の皆さんのほとんどが騙されたのではないか。
SEX途中のお漏らし?についてはマジなのかもしれないが、「私がいないと何も出来ない人」とケイト(観客)に思われていたジェフが、「(感情を)おさえてるのがわからない」と妻がキレ出した翌日「おさえていたのは俺の方だ」と言わんばかりに煙草を車中でスパスパ。
睡眠薬を飲んでケイトの悩みが深刻になりはじめた途端家事を手伝いはじめ、「(夫婦仲のことを)他人に知られたくないの」という愛妻のオーダーには、パーティーにおけるキレキレのスピーチと(脚が弱っているにも関わらず)ノリノリのダンスで応じるという、やりたい放題のかなり悪いオヤジ!へと変貌していくのである。
女性の方が見ると無神経と映る諸々の行動の正体は夫のエゴそのものであり、それが氷河の溶解ともに表出したと考えるのが妥当であろう。「今まで従順な夫を演じて来たんだから、死ぬ前ぐらい好き勝手やらせてもらっても文句なかんべ」というのがジェフの言い分ではないか。
突如として反乱を起こした夫に戸惑いつつも「45年間連れ添ってきたのに私は夫のことを(カチャの○○はおろか)何ひとつ知らなかった」ことに気づいた元デカダンクイーンの複雑な表情から察するに、心の中は嫉妬や不安、疑惑に屈辱感、ありとあらゆるマイナス感情がいりまじって、さざなみどころか鳴門の大うず潮のように渦巻いていたに違いない。
さらに映画は(残酷にも)この夫婦の未来予想図まで提示する。主人公の姿を映し出すショーウィンドーや鏡、チークダンスの最中ケイトだけに当たっていた青白いブラックライトは、今度は夫のエゴに付き合わせられ夫が死ぬまで妻が閉じ込められるあろう“氷”のメタファーではなかったか。
男を支配しようとする女のエゴに対する、ゲイである監督のシニカルな視線を感じる1本。やはりこの映画のタイトルには『45years』の方がふさわしい。