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スイス・アーミー・マンのろのレビュー・感想・評価

スイス・アーミー・マン(2016年製作の映画)
5.0

2017年10月3日。ちょうど大学中退の申請をしたばかりだった、4年の秋。
布団から体を起こすのも一苦労だった当時、この映画の上映があと一週間で終わってしまうことを知り、這うようにTOHOシネマズ梅田に滑り込んだ、朝8時。
傾斜のない少しくたびれたシアターには私を含め5人ほどしかおらず、これなら前後左右だれもいないからのびのびできるなと余裕も屁も存分にこきながら観た。

小さな無人島にたったひとり。今まさに首を吊ろうとしていた主人公が波打ち際で出会ったおならに震える男の死体。まるでジェットスキーのようにおならをふかしながら大海原を爆走するスーツを着た死体メニーと、その死体にまたがり無人島を脱出する男ハンクが故郷を目指すサバイバルロードムービー。
ポールダノの喜びが雄たけびとなって青空を駆けていく圧倒的解放感に、7年前の私と感動を分かち合った気がして嬉しさがこみ上げた。

メニーの口から突如湧き出る雨水。てこの原理で丸太を切り倒し、情熱の摩擦で火をおこすメニーはまさに名前の通りたくさんの便利機能を備えた奇跡の”スイスアーミーマン”。
そんな彼とともに、ハンクは仲間と歌い踊ったオールナイトを再現。ポップコーンを食べながら”上映”するジュラシックパークにスーパーマン、ET。そしてバスで一目ぼれした彼女とのロマンス。ハンクは自分自身のストーリーをメニーと追体験する。そして死んでいるはずのメニーもまたハンクの人生を通して悲しみや愛情、絶望と希望を味わうようになる。

「ところで”故郷”って何なの?」
「故郷にはチーズパフっていうスナック菓子がある。これを食べると指がオレンジ色になるから手を洗いなさいってママに言われた。君もそうだったろ?」

やりたいことを自由にできない。
欲しいものに向かってまっすぐ手を伸ばすことができない。
どうせ面倒だからと言い訳しているうちに、そんな自分への嫌悪感と諦めがさらに自分を小さくする。
人には「彼女に話しかけてみろよ」と励ませても、「こう言えばいけるから」と背中を押せてもいざ自分がやるとなるとできない。自動で送れる電子メールなんかより電話で「おめでとう」を伝えたいと思っているのに素直になれない。
大縄跳びの縄は常に一定の速度で回っているのに縄に引っかかるのを恐れて”もしかしたら幸せになれるかもしれない”というチャンスに飛び込むことができない。縄から目をそらすどころか、はじめから縄なんか回ってなかったんだと自分にうそをつくことばかりうまくなっていく。

「髪をなびかせる風や疾走する車の感覚、大好物を食べるときの感覚、友だちと踊ったりすきな曲をうたうときの感覚、バスに乗ったり窓から外を眺めるときの感覚。どうしてそれらを拒絶するんだ?いま君はどんなことに幸せを感じるんだ?」

盛大におならをこき、下ネタをぶちかます。なんて非常識なことをすれば、なんか変な奴がいるぞーみんな気をつけろーと眉をひそめて目くばせする。森に捨てられた壊れたサングラスや古い雑誌のように見えないところに追いやられ忘れられて、はじめからなかったことみたいにされる。けれどハンクとメニーは捨てられた洋服やボトルを使って小屋を作り、バスを作り、レストランを作り、そこでパーティーや晩餐会を開いて人生を語った。
常識・非常識の価値観をつくるのも人間だが、なにもないところから想像と創造で楽しみを生み出すのもまた人間なのだと思う。

一番見られたくない姿を一番好きな人に見られてしまう現実も、メニーと作り上げた小屋やバスなんかが全部さらされてしまう恥ずかしさもビターで、これからの人生、メニーとの日々のように幸せじゃないかもしれない。でもメニーのおならの発作に思わず笑っちゃう人もゼロじゃないと信じたい。

一人でおならをしたら白い目で見られるけど、僕もおならをすれば君は一人じゃないだろう?
一緒にうたおう、一緒に踊ろう、一緒に酔っぱらって、そして眠ろう。
そんなふうに語りかけてくれる映画を私は大事にしたい。




( 2017年10月3日 TOHOシネマズ梅田 鑑賞時レビュー ↓ )


Coldplayの"Fix You"という曲があります。
「When you try your best, but you don't succeed(ベストを尽くしても上手くいかない時)」から始まる"Fix You"。失恋した時、悲しいことがあった時、もう立ち直れそうにない時。いつもこの曲に励まされてきました。
今作もまた、"Fix You"と同じように、心のお守りになってくれそうな、とても素敵な映画でした。

しゃべる万能死体と恋に奥手なしがない男。
この二人のちょっぴり奇妙な物語は、”孤独”にそっと寄り添い、ダメなところもまるっと包み込んでくれる、そんな優しさを持つ。

無人島に流れ着いたハンクは自殺をしようと首を吊る。
絶望の瞳に映ったのは、波打ち際に打ち上げられた死体メニーだった。

メニーは様々なチカラを発揮し、ハンクを助ける。
ある時は雨水を貯めるタンクの代わり。
またある時はオナラで火を起こす。
そしてハンクの訓練のおかげで(?)メニーは話すように。

「恋ってなに?」
「家族って?」
「人生って??」
メニーに質問されるたびに、ハンクは自らの過去を振り返る。
バスで出会った女の子に声を掛けることが出来なかったあの日。厳格な父の口癖。そして亡くなった母との思い出。

メニーが”ブー!”とオナラをすると、ハンクは言う。
「それ、みんなの前でしちゃダメだよ」
「どうして?」
「みんな他人のオナラを嫌がるんだ。僕も君の前でしないだろ?」
「みんな、人目なんて気にせずしちゃえばいいのに」

ありのままの自分でいること。
それのどこがおかしいの?

恋や家族との打ち明け話、もちろん人前でのオナラも、変な人だと思われてもいい。
きっと僕は、僕が目指す”ホーム”に辿り着ける。

オナラが着地したのは、哲学でした。
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