ろ

ボーはおそれているのろのレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
5.0

37年間身の回りの世話をしてくれた上に、私のために身を捧げてくれる血のつながらないお手伝いさん。
一方、惜しみなく愛情を注いだはずの息子は自分の葬式にも来ない。
「ボーはおそれている」、恐る恐る蓋を開けてみると、ホラー仕立ての「東京物語」だった。

笠智衆なら「若者には若者の生活がある。わしらも昔はそうじゃった」と縁側でまどろむところ、ママは「あのときもあのときも、あなたは私の愛に応えてくれなかったわね」と激しくボーをなじる。
他の子と違って、あなたは私の母乳を飲んでくれなかったじゃない。
誕生日プレゼントに毎年同じCDばかり贈ってくるなんてどういうつもり?
挙句、家の鍵をなくしたなんて嘘をついて実家に寄り付かない。
ママのことを傷つけないとあれほど誓ったのに、どうしてよ!

私が注いだ分の愛をあなたも私に注いでよ、なんで私にもっと時間を費やしてくれないのと不満が爆発する一方、息子を無条件で愛する母親でありたいと願う。
そんな母の愛に応えたい、応えなきゃと思う半面、いちいちうっとうしいなほっといてくれよとつい本音が態度に表れる。そんな自分を責め、うしろめたさでいっぱいになる。
相反する想いに悩まされるほど、母はボーを愛し、ボーも母を愛する。その愛があまりにも深すぎるゆえに、自分を悩ませる相手のことが憎くて憎くて殺してしまう。

母にとって息子は死ぬまで息子だし、息子にとって母は死ぬまで母親というゆるぎない立ち位置に君臨している。それはボーが胸ポケットにそっとしまった白い母子像のように、割れてもまた接着剤でつなぎ合わすことができる、安堵と苦しみが入りまじった特別な関係。

ボーの愛も、ママの愛も深すぎる。
本音をぶつける場面なんてラブレターを読みあっているようで、これ赤の他人の私が見て大丈夫なやつ?とこそばゆくなってしまう。
私はアリアスター監督の映画を観るのが初めてで、すかした映画を撮る人なのかと勘違いしていたけれどとんでもない。熱い想いが溢れて止まらない、ウディアレンやマイクミルズみたいな人だったのかと驚いた。


( ..)φ

焦りすぎてうっかり家の鍵と鞄を盗まれ、いったん落ちつこ!と薬を口に含んだ瞬間、今度は水がねえ!必ず水を一緒に飲まないとって医者に言われとるんやった!副作用ググったら水なしじゃ死ぬって書いてある!でも一歩外に出たらチンピラどもに殺されかねない!でも水ーーー!
必死のパッチで水を買いに行くものの、なぜかクレジットカードを止められている上にチンピラたちがボーの部屋になだれこみ暴飲暴食大暴れ。
なんとか部屋に戻れたと思ったら、今度は風呂の天井に見知らぬ男がへばりついていて、驚いて全裸で家飛び出したら同じく全裸の男にめった刺しにされるという鬼畜展開。もう笑いが止まらない。

実家近くの色褪せた立て看板と花壇は「ツインピークス」すぎるし、半開きで震えるエレベーターのドアは「イレイザーヘッド」すぎて愛おしい。よろめきながら豪邸を去っていくボーは「ナイトオブザリビングデッド」さながら、すごくよかった。

( ..)φ

なにやら不穏な音がするなと思ったら鼓動で。
女性の叫び声がするなと思ったらお母さんで。
もしかして誰か殺されてる?と思ったら、胎児目線の出産シーンだった。
あんなホラーな出産って初めて見たのに、なぜかすごく腑に落ちて笑ってしまった。
この映画絶対すきだと確信してしまうオープニングだった。
ろ