ろ

眺めのいい部屋のろのレビュー・感想・評価

眺めのいい部屋(1986年製作の映画)
5.0

「無神経でいることが美しいときだってあるのよ」

「十二夜」も「ふしぎの国のアリス」も、どうも的に刺さらない。
もしかすると的がこんにゃくなのではと疑うほど私には刺さらなくて、自分の感覚がぶよぶよに鈍っているのかもとイギリス映画を観るたび不安になった。だから「日の名残り」も「嵐が丘」ももう観ることはないかもしれないと諦めかけていた。

ところが今年、「名探偵ポワロ」は早々に挫折したくせ「ミスマープル」シリーズを夢中で見ている。80年代から90年代を行ったり来たりしながら展開するマープルのおかげでイギリス英語に耳が慣れ、イギリスらしい壁紙や調度品に目が慣れて、なにより奥歯にものが挟まったような言い回しや毒のあるユーモアをいつのまにか楽しめるようになっていた。そして思った。今ならイギリス映画も楽しめるかもしれない!
ということで取り寄せた「眺めのいい部屋」は、もうひたすらに面白かった。

叔母とイタリア旅行にやってきたルーシーは、河の見えない北側の部屋にため息をつく。ところが夕食会場で出会った父子が部屋を交換してくれることになり、それをきっかけに息子ジョージとたびたび顔を合わせる。

陽気で明るいと思っていたイタリア人は激しく殴り合い、瞳孔の開いたブルーの瞳、口から溢れ出る血の海に気絶する。
麦畑に小さな赤い花が点々と咲く丘、心をかき乱す彼のように突然とどろき始める雷雨・・・
ジョージとのキスを目撃されたことでイギリスへ帰ることを余儀なくされたルーシーは、高飛車な青年セシルと婚約するが、そこへジョージが現れて・・・

婚約したもののテニスはしないし小難しいことばかり言うセシルは居心地が悪い。かといってジョージに傾倒する自分も許せず、彼のストレートなアプローチも”失礼で無礼な態度”の一言で片づけてしまう。
けれどセシルに別れを告げる夜、並べる言葉はすべてジョージの受け売りで、
「あなたは私を絵画のように扱うだけで、本当は愛していないのよ」
「あなたは女性を分かってないの」
ついには「女性から婚約破棄すると”どうせ他に男がいるんだろう”なんて言われるんだからたまったもんじゃないわ」とかみつく。嘘をつくほど饒舌になり、顔を真っ赤に高揚させるルーシーがあまりにもかわいくて、つい吹き出してしまう。
ジョージの言葉を借りてセシルと別れたルーシーだが、ジョージのことが好きだからセシルを振ったのだと悟られたくない。そこで知り合いの手紙に便乗し、ギリシャへ逃げることに。一方、傷心のジョージもまた町を離れる準備を進めていた・・・

愛よ!自由よ!人生よ!と生きる歓びに両手を広げるジョージとは対照的に、ベートーベンを弾くときしか情熱を見せないルーシー。
レディは慎ましくあるべき、人様の目もあるんだから恥を知りなさい。マナーや常識を自分に強いて、本音は後回しにしていた。
本当は、この窓から望むアルノ河はいまこの瞬間わたしだけのものだし、朝から晩まで眺めていたってだれも文句は言えないはずなのに。

若者たちと素っ裸で水を浴び、まるでこどものように湖を走り回るビーブ牧師は「ピアノを弾くように生きれば、君はとても素晴らしい人生を送ることだろう」とルーシーを見守る。
もっと身勝手に情熱的に、君の自由に生きればいいんだよ。
薄靄の木立が幻想的なイギリスから、太陽きらめくイタリアへ。
爽やかな風がレースカーテンをなでるようなラストシーン、清々しい春の気分です。



( ..)φ

「どうもあの子は、花嫁になる娘には見えないのよ」
「じゃあ普通、花嫁になる人はどうあるべきなの?」

思わずクククと笑いが漏れてしまうセリフの数々。
核心をつくものもたくさんあって、特にジョージのお父さんが話してくれる”嘘”について、厳しさと愛にホロリときてしまいます。
この物語に出てくる人はみんな寛大でやさしくてどこか不器用。
そこが魅力なのです。
ろ