emi

しゃぼん玉のemiのネタバレレビュー・内容・結末

しゃぼん玉(2016年製作の映画)
4.6

このレビューはネタバレを含みます

女性や老人を狙った引ったくりを繰り返す男。ナイフを見せればもっと簡単に奪えるかもしれない、そう考えた雨の日の夜、彼は遂に人を刺した。

逃げて辿り着いたのは宮崎の山奥、そこで偶然乗り捨てられたスクーターを見つけた。ちょうどいい、そう思い手をかけた時、呻き声が聞こえた。そこには草むらから血を流した老婆がおり、助けを求めていた。なんで俺が…そう思いながらも男は老婆を助けるのだった。

こうして主人公イズミは老婆スマの家に図らずも身を寄せることになる。村人との交流や椎原祭の手伝いを通し、やがてイズミにも変化が訪れる。




市原悦子の遺作
それだけで私にとっては"特別"であるが、なんということか。こんなに素晴らしい出来だったなんて…。

観てしまえば稀代の名女優に本当の別れを告げなければならないようで、怖くてずっと積んでいた。いやいや、観なければ分からない。いくら出演しているといっても名作だとは限らない。
そんな風に内心ずっと葛藤していた、そしてようやく観たのだ。


主人公イズミは伊豆見といい、名前ではなく苗字である。(登場人物の多くは彼をスマの孫だと思っているので、泉という名前だと思っている。)
彼をみて最初に思い出したのは映画『長い散歩』の女の子、サチであった。彼女はネグレクトを受け、自らの名前を訊かれ「ガキ」と名乗る。伊豆見はそれと同じ香りがした。

台詞で語られる彼の身の上はそう詳細ではない。スマにいなくなった両親の話を僅かに漏らすのみだ。ただ碌な親ではない、きっと親の親も。だから俺も碌でもない。そのような事を言う。
しかし台詞以上に伊豆見の所作は全てを物語っている。主演の林遣都さんの演技はほぼ初めて観たが名演だと思った。(追記:風が強く吹いてるで一度観ていたと気づく、そこまで印象には残っていなかった)
箸の持ち方、食事のとりかた、口の利き方、どれをとっても愛情深く躾けられてきたとは思えない様子だった。スマは箸の持ち方を注意するが、伊豆見は指摘されて初めて自分は箸の持ち方が変なのだと気に留めたのかもしれない。


スマが「ぼんはええ子じゃ」と言うたびに、伊豆見はくすぐったいような照れ臭いような温もりを僅かに感じながら、本当にそんな人間になれる気がしたのではないだろうか。そんな言葉、貰ったことが殆どなかったんじゃなかろうか…。

スマも伊豆見が語る親への恨み言を聞き、親に向かって…と、嗜めかけるも「息子もそう思っているかもしれんね」と呟く。

スマの息子役である相島一之さんの怪演は恐ろしい程だった。ショムニやJIN-仁-などをはじめシニカルな演技からコミカルな演技まで幅広くこなす、一癖あるバイプレイヤーだが…スマのように愛情深い母親にこの息子?と絶句してしまうような怖さがあの人物にはあった。
愛情深さゆえなのだろうか…白髪が混じる年齢になっても、親にドロドロに甘えきっている。出演時間こそ長くはないが見ていて息苦しさを感じた。母親に金を無心するシーンや伊豆見の首を絞めるシーンはなんとも言えなかった。

伊豆見は首を絞める彼に己を重ねた
出頭を決意する
説得力がありあまるシーンだった。

この作品の気に入った点は先述した秀逸さ描写の数々もあるが、なんと言っても別れのシーンとエンディングだった。
出頭までであったなら評価はかなり変わっていたと思う。

遠ざかる車を追いかけながらスマが伊豆見を見送るシーンは涙無しにはみられない。スマの伊豆見に対する気持ちが、めいっぱい表現されていた。
スマの年齢で3年は長い。長いけれど間違いなく彼女は伊豆見をあの戸の向こうで、笑顔で迎え入れてくれた。家の灯りと揺れる影がそれを物語る、良いラストシーンだった。村に戻りシゲ爺をみかけた伊豆見の表情もとても良かった。

伊豆見はスマから母のあたたかさを、シゲ爺から父の厳しさを教わった。
そして美和に好意を持ち、自らの罪の重さを知り、きちんと償った。
冒頭の伊豆見ははっきり言って酷い人間だ。けれど、彼のように罪の重さに気づいたのなら、やり直すチャンスはいつ何時でもそこにあってほしい。

彼がこうなったのは彼ばかりのせいだったのだろうか?いや、彼は酷い人間だ、老婆をちょっと助けたり、シゲ爺の手伝いしたからって、そんなの不良がたまにいい事したからいい奴っぽく見える理論だろ!騙されんぞ…と、揺れながら湯船のようなぬくもりに浸ってほしい。
最高の一本でした。


最後に
市原悦子さんに次いで翌年にはシゲ爺役の綿引勝彦さんも亡くなられたそうだ。
主要な登場人物は片手で数えられそうなほど少ないのに、本当に良い役者さんばかりでこんな素晴らしい作品を…。それなのに監督脚本の東さん、映画の監督作品これ一本だけって一体どうなってるの。
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