カツマ

ガザの美容室のカツマのレビュー・感想・評価

ガザの美容室(2015年製作の映画)
3.9
戦争なんてメイクの足しにもなりはしない。ただ、退屈なだけの日常が死んだように眠るだけだ。混沌としたガザの街で生きる女性たちの等身大を、美容室という庶民的な空間をステージにして解き放つ、戦争を真裏から凝視するような平坦で苛烈な戦争地帯の日常。愚かな男たちに振り回される彼女たちの決死の抵抗と、それでも美しくあろうとする彼女たちへの揺るぎない尊厳を焼き付けた作品だ。

『世界最大の監獄』との悪名を持つパレスチナ自治区、ガザ地帯。イスラエルによる封鎖と度重なる戦争に巻き込まれたこのエリアを舞台に、今、この世界で起きている戦争のリアルを、そこに住む女性たちの視点から描き出す。平穏なはずの日常はいつしか緊迫の戦場と化し、出口のない閉塞感に満たされた。彼女たちの日常風景からガザの実態を連想させ、次第に事の核心へと繋げていく物語だ。

〜あらすじ〜

そこはパレスチナ自治区ガザ地帯にある美容室。2人の美容師に対してお客の女性は10人もいて、室内は世間話や悪態で満ちていたが、それは淡々とした日常だった。
美容師で店主のクリスティンは結婚式を真近に控えた若い女性客のメイクに余念がない。だが、もう一人の美容師ウィダトは仕事はそっちのけで、携帯電話で恋人アハマドとの別れ話の最中だ。いつまでも戻らないウィダトに業を煮やした客が何度となくクレームを付けると、ようやくウィダトも仕事を再開させ、時間はゆっくりと流れ始めた。
だが、今度は突然の停電により室内の電気が落ちてしまい、メイクも脱毛も一時中断するしかない。何とか電気を復旧させようと奮闘するウィダトは、しつこく美容室前で待ち構えていたアハマドの力を借り、ブレーカーを復旧させるも、今度はアハマドがイスラエルの兵士たちに連れ去られてしまい・・。

〜見どころと感想〜

前半と後半でかなりテイストが異なる作品だが、一貫しているのはガザ地帯という過酷な環境下でも力強く生きる女性たちを、美しくも猛々しく描いているということだ。彼女たちはガザが追い込まれた社会情勢に愚痴を吐き、自分勝手な男たちに悪態をつき、その現状に少しでも抵抗しようと戦っていた。そこにはハマス政権への不満や、封鎖された検問所の恐怖、電気すら届かない厳戒態勢が世間話の一環のように語られており、まるでどこにでもある日常のように思えてくる。だが、悲しいことに彼女たちが住んでいたのはガザだった、そこは戦地と化していた場所だった。

監督はガザで生まれた双子の兄弟監督タルザン&アラブ・ナサール。まだ30歳ほどと若い2人は、この作品で故郷への愛と現実を同時に描き出し、カンヌ国際映画祭でも上映されるほどの大きな注目を集めた。出演者にもパレスチナ人を何人も起用しており、それだけに描写はヒリヒリとリアル。イスラエル、ハマス政権、歴史、それとも世界?全ての負担を背負ってしまったようなこの地域にも人々は強く生きていると、劇中の女性たちは教えてくれていた。

〜あとがき〜

牧歌的な前半と衝撃的な後半、どちらも本当のガザ地帯を描いているのだと思います。しかし、どんなに落差があったとしてもその全てがガザの真実。過酷過ぎる現実の中にあっても、メイクして、髪を整えて、もちろん恋愛だってする。普通ではない環境で生きる女性たちの一人一人の心の声を掬い取り、彼女たちの精一杯の主張を代弁してくれていた作品かと思いました。
カツマ

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