ロックウェルアイズ

聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディアのロックウェルアイズのレビュー・感想・評価

4.6
心臓外科医のスティーブンは妻のアナ、娘のキム、息子のボブと平穏に暮らしいていた。
そんな中、父親を亡くしたマーティンという青年に同情し、よく交流するようになったスティーブンは彼を自宅へと招く。
しかし、それは悲劇の始まりだった。

『哀れなるものたち』の予習として再鑑賞したため再レビュー。
初めて観た時はオチがあまり腑に落ちなくてあまり好きにはなれなかったのだが、改めて観てみると何が不満だったのか分からないくらい良かった。
(というか、これが復讐ものであることすらちゃんと認識できていなかった、前回観た時寝てたんかな)
演出から脚本から演技から、最高に凝っていてとにかく完璧な映画。めちゃくちゃ好きになれた。

そもそもこの映画の土台には『イピゲネイア』というギリシャ悲劇があるらしい。
そこは流石ギリシャ出身の監督。
簡単なあらすじとしては、
女神アルテミスの怒りに触れたアガメムノーンが自身の娘のイピゲネイアを生贄に差し出すよう言われて葛藤する、
という話。
タイトルの「聖なる鹿殺し」もこのエピソードから来ている。

スティーブンの怠慢で外科手術が失敗に終わり、父親を亡くしたマーティンのフェアな犠牲による復讐。
前回はマーティンがヤバいやつという印象が強かったが、それを踏まえて観た今回はちょっと違う印象だった。
もちろんマーティンの不気味さは特筆したいものがあるが、マーティンの裏にこの呪いを実行している黒幕がいるように感じる。
「遂に始まったんだ」と言うマーティン、そして第三者からの視点で描かれるかのような映像。
ボブが倒れたエスカレーターのカットでは天井から誰かが観ているかのような撮り方で、人間というよりは神に近い“何か”が見ている感覚。
なんとなくそれはマーティンの父親の魂のように感じる。
そういう意味ではマーティンは呪いの使者なのかもしれない。

復讐ものであると同時に家族の崩壊劇でもある。
普通の家族の崩壊劇といえば、何か崩れる原因やきっかけが明確にある。
しかし、この映画が特徴的なのはその原因やきっかけが明確になく、じわじわと広がっていくところだ。
この家族は家族といえども自己保身のために動き続ける個だということ。
女性は立ち回りが上手く、同時に恐ろしい。
考察サイトからの引用になるが、キムやアナはマーティンやスティーブンに愛を振り撒くことで生き抜こうと画策する。
そこに愛や情は存在せず、恐ろしいセリフもサラッと吐いている。
そんな殺伐とした家族の関係性を違和感なく描ける監督の映画は観れば観るほど好きになる。
だいたいがファーストカットの心臓ドアップで「これについて来れない奴は観るな」と振り落としてくるトガり方だもんな。

この他にも様々な解釈ができる要素がたくさんある。
鑑賞後、回収されない謎を自分なりに考えてみるのも面白い。
この映画は何度も観ることで完成するのかもしれない。
とにかく、『哀れなるものたち』が早く観たいが、なかなか観に行けない。
すごい期待しちゃってるけど大丈夫よね?