Hiro

サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~のHiroのレビュー・感想・評価

4.0
“穏やかな静寂の時はあったか?”

自分にとって当たり前だと思っていた
音が、ある日突然何の”前触れ”もなく
失ったら。自分は一体どのような心理
状態を経て、どのような境地に陥るの
かをその”身をもって”体感出来る作品。

ヘビーなロック映画という”先入観”は
すぐに覆される。奏でる音楽は激烈だ
が映画が始まってほどなくして主人公
が突然重度の”難聴”を患ってしまい、
映画はむしろ”ロック”とは遠い方向へ
と舵を切る。ダリウス・マーダー監督
が挑戦したことは観客を主人公と同じ
”視覚障がいの世界”に連れて行くこと。
そして音が失われた先の”静寂な世界”
にある”光”を提示することであった。

主人公は突然自分に降りかかった不幸に
激しく怒り、抵抗して、絶望していた。
しかし監督はいわゆる”難病モノ”に多い
悲劇的なアプローチはせずに、主人公の
体験を入り口にして”もし君の世界が突然
変わってしまったら?”と問い詰められた。

なにより“音”と”無音”をテーマにしている
だけに凝ったサウンドも圧倒的だ。聴覚が
失われていく感覚や、”補聴器”がどの様に
聞こえるかの表現は主人公しか感じること
のできないない”孤立感”に直結している。
そして、ドラムから手話までさまざまな技
を習得して臨んだ俳優リズ・アーメッドの
渾身の熱演と”世界からの隔絶と再発見”の
過程を自身のことの様に身近に感じれる。

登場人物たちの“その後”には一切触れ
ないラストも、目の前に”可能性”だけ
が開かれているような清々しさに満ち
ていた。風にそよぐ木々の葉や、雲の
隙間から溢れる光。相手が伝えようと
していることに、“耳”を傾けることの
大切さ。人は何かを失った時にそれと
はまた別の”何か”を獲得するのだろう。

p.s.
スマホが普及し、指先ひとつで世界中の人と
繋がれる今だからこそ、何もない時間や静か
な時間を大切にしたいと感じた。映画鑑賞を
する時は自宅で過ごす人がほとんどだと思う
が自然の音や、聴いている音の変化を大事に
捉えながら静寂に”身をまかせる”ことも必要だ。
Hiro

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