タキ

オリエント急行殺人事件のタキのネタバレレビュー・内容・結末

オリエント急行殺人事件(2017年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

あまりに有名なミステリーで犯人が誰なのかを知った上で観るひとが多いかもしれない。まずはそのキャスティングの豪華さに目を奪われる。日本の2時間ドラマにありがちの主役と犯人役だけが有名な俳優ですぐに誰が犯人かわかってしまうような心配は一切ない。全員が主役級のキャストなだけに画面がどのシーンでも見逃せない華と緊迫感がある。映像効果も素晴らしく、雪山をバックに橋の上で立ち往生してしまったオリエント急行の佇まいは孤独で美しい密室となる。トンネルを額縁のように使用し机に12人の乗客を横並びに配するシーンは最後の晩餐のようだ。「騙せぬものがふたりいる。そのふたりは神と、エルキュールポアロだ。」という黄門様が印籠をだしたようなキメ台詞もあり、見るものをゾクゾクさせる。この先の謎解き部分があまりに有名だが、肝となる部分は実はそこではない。「世の中には誰がなんと言おうと善と悪しかなく、その中間はない。」というのが信条であり、どんな悪人であろうと殺人は認めないとするエルキュール・ポアロが犯人を知ってしまってからの葛藤をどう描くかがこの物語の見せ所ではないかと思う。
しかし彼には真実の追求とともにバランスを重んじる性質があるという様子が(卵のサイズへのこだわりや右足で糞を踏み左足でも踏む)冒頭にかなりの時間を割いて描かれており、これがポアロの最後の決断に結びついてゆく。そして最後の晩餐によく似た構図もまた罪を負うべき人間を知りながら告発しないイエスすなわちポアロを暗喩しているようにも思える。
物語の真骨頂のこの部分をケネスブラナーは神の視点から自分を殺せと激昂した場面と一転して抑えた穏やかな演技で見せる。この落差に彼の葛藤の深さを思う。ポアロにもアームストロング大佐の依頼に応えられなかったという経緯もあり、自分もまたこの事件の発端に関わり12の砕けた魂を作ってしまった張本人であるという傷を負うことに結果的になってしまっていたことは今回ばかりは信条を曲げるにたる理由であったようにも思う。
ポアロ史に残る大打撃を受けたのかと思いきや、駅に迎えに来た警官にネクタイが曲がっていると注意するシーンがあり、彼の中では今も整合性を保たれており元通りのポアロであることを示しナイルに向かうポアロへの次なる謎解きへの期待が高まる。
時代は1934年のまま現代風に脚色しなかったのはむしろ好ましい。チャーミングなヒゲカバー、ステッキを使ってたまにアクション披露するところも悪目立ちせずすんなり受け入れられる。古典とスタイリッシュが両立した新ポアロの誕生だ。
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