晴れない空の降らない雨

夜明け告げるルーのうたの晴れない空の降らない雨のレビュー・感想・評価

夜明け告げるルーのうた(2017年製作の映画)
3.8
 難しい。
 賞賛するには問題が多すぎるし、酷評するほどは嫌いになれないというか。
 
 とはいえ、具体的に何か書こうとすると批判的にならざるを得ない。やはり問題は脚本であり、叫び、駆けるティーンなどの運動や音楽の力で強引にカタルシスに達しようとするパターンである。よくみると周到な伏線もあるのだが、『マインド・ゲーム』みたいに気づいたとき感動するようなストーリーやキャラの要所には繋がっていない(そのうえ幾つかは説明くさい)。肝心なところは、エモーションで誤魔化している印象を抱く。そうなると、成功はもう受け手に委ねられており、作中の人びとのように我々も踊れるかどうかということになる。GOTG2のセリフにあったように、踊れる奴と踊れない奴がいるというだけ。
 
 要するに、行き当たりばったりな行動や展開、あるいは設定そのものに「なんでそうなの?」と疑問を発する思考のプロセス2を、登場人物の溢れるエモ・画面の躍動感・音楽の力でプロセス1を刺激して押し流させる、ということだ。実際、ルーパパの暴走、慈悲あふれる人魚たち、カイの熱唱(カメラの回り込み)などはかなりエモい。
 ただ、この作品の場合は下準備から失敗しているので、このとりあえず感動しとけ的ノリについていけない率は低くないと思われる。序盤、たしかにタイトルロゴまではかなり期待が上がったが、そのあと1日でいろいろと出来事を圧縮したために、エモーションを解き放つための下積みができていない。とくに、主人公にまったく感情移入できないことが致命傷である。彼が人魚を見ていきなりテンション上がって、おまけに惚れちゃって、途中から再びふてくされている、その心の動きがちゃんと伝わってこない。
 中盤になると、いつの間にか日にちが飛んでいるのも良くない。まるで編集を入れまくったかのようだ。ほか、概してシーンの繋ぎ方も、一瞬とはいえ思考を要することがあった。実のところ、こういう不親切さは湯浅監督にはよくある気がする。(その点、『君の名は。』が採用したダイジェストは常套手段ではあるが、常套になるだけの合理性はある。)
 主人公にくらべるとサイド2名のほうがはるかに、リアクションなどで何を考えているのか分かりやすく、キャラとして魅力的でもあった。悪役があそこまで人魚を憎む感情も説明不足であり、後半の展開には「なんでこんなことになってんだっけ?」と思ってしまった。ここも彼の表情の迫力で押し切ろうとしている感が強い。なお、ルーや、特にパパに至ってはまったくもって理解不能。
 
 冒頭から強調されまくるSNSカルチャーの意味もつかめなかった。物語上でもSNSの役割は重要だし、商業主義とも絡みついて、ルーを出汁に観光業で儲けようとする遊歩の祖父も出てくる。こういう商業主義というか汚いオッサンも湯浅作品の定番要素だけど、今回はこの点について特にコメントもなく、オッサンが悪役になるわけでもなく、消化不良といいますか。別に社会派やれとは言わないが、そういう要素を作中に持ち込んだ以上は何らかのオチが求められるのは自然なことだろう。また、こういうSNSとか金儲けとか衰退する田舎の様子とかいった妙に現実的なところと、人魚みても面白がるだけの人びとのような非現実的なところが平然と同居していて、「世界の一貫性」という意味でのリアリティを結果的に損なっているといえる。
 強いて図式化すれば、エゴまみれの人間たちと、無償の愛に生きる人魚たちとの対比、ということになる。エゴイズムは大人たちに限定されず中学生たちにもあるわけだが、主人公の「自分のことしか考えていなかった」という反省に対しても、「何のこっちゃ」という感じ。これも結局、「世界が嫌い」な自分と「みんな仲良し」なルーという、考え方の違いが彼の心を再び閉ざしているという点がちゃんと強調されていないから。しかも、その反省がいかにもたらされたかも不明である。さらに私的な趣味をいえば、こうした無償の愛を肯定的に描くこと自体が不快っちゃ不快である。これも湯浅作品によくあることだが。
 
 脚本に加えて、アニメーションもまた没入を阻害するほうに働くことが多い。初期カートゥーンの原始性は、現在では観客とスクリーンのあいだに批評的距離を生むように作用する。そのうえ、湯浅は変幻自在な線の動きをあまり制約しないので、ますます自由奔放で純粋な表象へと向かっていくが、それがストーリーの筋を踏み外すとさすがに置き去りを食らう。同様に、描き込みの乏しさや極端にマンガ的な表情なども、劇場用作品に期待されるリッチさに鑑みてどうなのか。先月の『夜は短し~』に比べると、画面の躍動感はスクリーンに見合うものだったが、没入させられたシーンは「湯浅度」が低かったと思う。
 
 けっきょく酷評になってしまった。点数とちぐはぐだが、観ているときは俺もそれなりに押し流されて踊ったので。アニメってこういうところがズルいよね。だから好きなんだけど。
 それと、主人公の描写について文句を言い続けてきたが、彼の気分が安定しないのは狙っているのかもしれない。夜のデートでは顔がだいぶ違うし、リズムの取り方とか、そういうところにも不安定さを表わしているように感じた。
 最後にひとつ。ポスターが暗すぎるし、書かれたキャッチコピーは最悪だ。せっかく監督が本人なりに市場に歩み寄ってみせたのに、マーケティング感覚のかけらもない連中のせいで届かないのでは浮かばれない。お子さんも観れますよと全力でアピールしているフランスのポスターを見習え。