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アネットのumisodachiのレビュー・感想・評価

アネット(2021年製作の映画)
4.5


レオス・カラックス9年ぶりの新作。ロサンゼルスを舞台にしたミュージカルで全編英語。こちらではすでに公開されているので早速観てきた!

過激なスタンダップコメディアンのヘンリーは、人気絶頂のソプラノ歌手アンと恋に落ちて結婚。ほどなくしてふたりの間にはアネットという娘が生まれる。しかし、それをきっかけに幸せの絶頂だったふたりの関係は少しずつ変化していき……。

Sparksが手がけた楽曲を用いて9割歌で綴られるミュージカル映画だが、従来のミュージカルとはまったく違う趣き。まず、プロの歌い手がひとりも出てこない&ライブで歌唱させているのでかなり声や音程が不安定だったりするのだが、それが絶妙な生々しさにつながっている。セックスをはじめとした生活感ある言動とともに歌わせているので、ミュージカルが持つ理想化された世界というか、象徴化された匂いのない感じがない。体温や体臭を感じると言い換えてもいいかもしれない。

『イン・ザ・ハイツ』は完璧に考え抜かれた構図の下で、完璧なパフォーマンスがバシバシ決まっていて、ミュージカル映画ならではのダイナミズムを十二分に感じさせた。『Annette』はそういった種のミュージカルパフォーマンスが増幅させるエネルギーというものはないものの、心の中のどす黒い奥の奥から絞り出したような濃いエッセンスを感じることができるというか。

そして、観たことがない演出が連発。まずオープニングからして実にユニーク。最初に姿を現すのはレオス・カラックス本人で、娘と一緒に音楽スタジオのブースに向かってキューをだす。するとSparksがスタジオ内で演奏を始め、そのままスタジオの外へ。徐々に出演者たちが合流していき、みんなで街を練り歩きながら楽しそうに歌って……というワクワクする展開。その前に流れる「注意事項」もユニークで、一気にスクリーンに意識を集中させることに見事に成功している。

さらに、ヘンリーのスタンダップコメディのステージのシーンなども巧妙に作られていて、非常におもしろいミュージカルナンバーになっている。観客を挑発する芸風のヘンリーというのがビビッドにわかる構成で、息をするのも忘れて熱中してしまった。とにかく、冒頭の30分くらいは見たことがないような演出とオシャレで斬新なカットが続くのでテンションが上がる上がる。これから起こることへの期待値がどんどん上昇していく。

そして訪れる出産シーン。ここからは「ある仕掛け」によって一気に不安に突き落とされる。なにがなんだかわからない突飛な仕掛けに戸惑い、それと同時に登場人物の様子も変化していく。ストーリーとしてはミュージカルというよりもオペラ的で、こまかい説明はすっとばして感情とテンションと音楽で観客を振り回しにかかってくる。

そして終盤。レオス・カラックスのドヤ顔が目に浮かぶように華麗に回収されていったことに驚嘆。美しさも醜さも人間臭さも神々しさも巻き込んで、人間の生き方を残酷に糾弾する鋭さに唸った。最初から「死」を匂わせながら、繊細にも乱暴にも進んでいく物語。カラックスがやろうとした「誰も見たことがないミュージカル映画」という狙いは実現できていたように思う。

アンを演じたマリオン・コティヤールはかなりの無茶ぶりに誠実に答えていて好演。ただ、あれだけ歌うと実力不足はどうしても目立ってしまうので大変だったと思う。アダム・ドライバーがかなり上手いから比較してしまうのもありつつ。でも、良かった。いつもリンゴを齧っていて、オペラ歌手として舞台の上で何度も何度も死を繰り返すアン。イブであり、マリアであり、そして……何重にも意味を背負った象徴としてのキャラクター設定がおもしろい。

歪んだ男性性と暴走する暴力性・加害性を体現するような役どころをリアルに演じたアダム・ドライバーは素晴らしかった。アダム・ドライバーじゃないければ成功していなかったのでは?と感じるほどの好演で、代表作になると思う。ところで、本作では「くすぐり」がフィーチャーされていて。うちの息子が小さいときにパパにくすぐられすぎて大泣きしてしまったことがあるんだけど、くすぐりって簡単に加害行為になりうる行動なんだとそのときに思い知った。やられた相手は笑っているから「喜んでいる」と勘違いしてしまうけれど、とても支配的で傷つける恐れがあるんだなと(もちろん喜んでやられている場合もあるだろうけれど)。そういった「くすぐり」を上手く使っていたと思う。

そして、それはスタンダップコメディシーンにおいて「笑い」と「暴力的なトーク」との曖昧な境界を示していたこととも重なる。そういう意味で、本作はウィルスミス事件への示唆を多分に含んでいた。笑いと言葉の加害性、愛情と支配欲、感情が物理的にな暴力に直結してしまう心理などなど。


そして、主演のふたりに次ぐ役どころを演じたサイモン・ヘルバーグ!大柄なアダム・ドライバーとルックスも性格も対照的なキャラクターを演じた彼がMVPかも。素晴らしかった。2曲あるソロナンバーは全楽曲の中でも特にトリッキーだったが、実に巧みに表現していた。拍手!

美しくて、異様で、不快ですらあるミュージカル映画だし、楽曲はどれも技巧的だったりするのだが、メロディはキャッチ―なのもにくい。終わった後に思わず口ずさんでしまったもんね。あと、日本も製作に参加しているので日本人の役者も出演しています。












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