umisodachi

さよなら、僕のマンハッタンのumisodachiのレビュー・感想・評価

4.2
アッパーイーストサイドに住む裕福な夫婦の1人息子として生まれたトーマスは、大学を卒業してからロウアーイーストサイドに1人で暮らしている。本屋で出会った女子大生ミミに想いを寄せているものの、彼氏がいる彼女はのらりくらり。最近同じアパートに引っ越してきたW.Fというおじさんに悩みを打ち明けながら、平凡な日々を過ごしていた。そんなある日、トーマスは父親が見知らぬ美女と密会しているのを目撃してしまう。心の病を抱えている母親のことを考えて怒りに震えるトーマスは、2人を別れさせねば!と、父親の愛人を尾行しはじめるのだが……。

青臭いおぼっちゃんのほろ苦い成長を丁寧に描いた作品のつもりで観ていたら、終盤でグッと方向が変わった。これは、NYを舞台にした寓話だ。

いわゆるモラトリアム状態のトーマスは、NYという街に飽き飽きし、閉塞感に支配されている。かつてのエネルギーを失い商業主義に侵されたNY。精神的に追い詰められている母親、自分のことを理解してくれない父親。一体これからなにをすればいいのかも決まらず、好きな女の子ともイマイチうまくいかない。教養のある風変わりな隣人に声をかけられ、彼からの言葉で何かが変わるかもと期待するが、鋭い指摘はされるものの決定的な指示は出してもらえない。

文学的なものや芸術的なものが好きで、何でも知っているような気になっているトーマスの姿は、とてもリアルだ。しかし、当然のことながら彼には多くの部分が見えていない。若いから。両親とその友人たちのパーティで「NYは変わった」という話題に乗っかってみるも、トーマスの言葉は場を白けさせてしまう。そりゃそうだ。何十年もNYで暮らし、酸いも甘いも味わった上で発せられた言葉と、たかだか20年程度の期間を平和に暮らしてきたお坊ちゃんの言葉では説得力が違う。同じ土壌に立って話せるようなことではないのだ。

ストーリーが進むにつれて、トーマスがいかに「見えていなかったか」ということが明らかになっていく。父親のこと、母親のこと、愛人のこと、ミミのこと、W.Fのこと……そして自分自身のこと。安全な場所からああだこうだと文句を言っているだけでは見えてこなかったこと。父親の不倫に対する怒りに突き動かされ、流されるままでに行動してみたことで初めて見えてくる真実たち。「窓を見つけて飛び出せ」というメッセージが印象的だ。

登場するNYの色々な場所、サイモン&ガーファンクルをはじめとした音楽たち、父と息子の葛藤など、【原作:ポール・オースター】と言われても納得してしまうような要素が目白押し(注:違います)。世間知らずの子供が、ちょっとした荒療治を経て大人になる過程が、とても優しいタッチで描かれていく。成長には痛みが伴う。しかし、それ以上に得られるものは大きいのだ。

唯一、誰にも嘘をつかないミミだけが子供のままだが、彼女もこの経験を経て大人になるはず。NYの街で生まれ育ったわけではないのに、なんだかスクリーンに映し出されるNYの街並みを懐かしく感じた。それは、私もかつて無知だった子供から痛みを経て大人になったからなのだろう。

トムでもトミーでもなく「トーマス」と呼ばれ続ける主人公を演じたカラム・ターナーと、愛人を演じたケイト・ベッキンセイルが抜群に良かった。風変わりな隣人を演じたジェフ・ブリッジスはちょっとずるいくらい良い役で笑ってしまうが、存在感はさすがだ。母親役のシンシア・ニクソンも父親役のピアース・ブロスナンもハマリ役。ミミ役のカーシー・クレモンズもフレッシュで可愛かったし、キャスティングが上手だなー。

ただし!邦題はなぜこれ?冒頭で「The Only Living Boy in New York」と映し出された瞬間、「はあ!?」って声が出そうになった。それなら曲名の邦題のまんま「ニューヨークの少年」にしないと意味なくない?

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