踊る猫

桜桃の味の踊る猫のレビュー・感想・評価

桜桃の味(1997年製作の映画)
4.5
思い切り自分語りをしてしまうと、私自身自殺願望を抱えて苦しんだことがある。それ故にこの映画が放つメッセージは沁みてくるように感じられる。ストレートに自殺を止めるメッセージを全面に打ち出してわかりやすくしているわけではないが、随所にこの世界を生きる意味や人生の味わいについて含蓄のある言葉が散りばめられているので、トンチンカンな表現になるがトム・ウェイツの音楽にも似た渋みと深みが達成されているように感じる。バディがなぜ自殺を考えているのかわからないという設定が、しかし人物を薄っぺらく感じさせるどころか逆に感情移入を誘う見事な展開として結実しているところに唸らされる。車の中で展開される会話劇として実にスリリングで、最初は通り一遍のことしか語れなかった人物たちが次第に「地」の自分を見せてくる。このあたりも監督の観察眼が優れていることを物語っていると思われた。キアロスタミは小津から影響を受けたと聞いたことがあるが、それがこの映画で活きているとするならそれは人間讃歌としての側面もさることながら、世界の実相をありのままに映し虚飾を剥ぎ取ってしまおうと企む野心からなのではないかと思う。
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