桜桃の味の作品情報・感想・評価

桜桃の味1997年製作の映画)

TA'M E GULIASS

製作国:

上映時間:98分

ジャンル:

3.9

「桜桃の味」に投稿された感想・評価

この作品が誰かの桑の実になりますように。

今自分が持ち合わせている答えが最善だと思ってしまいがちで、意外と一瞬で心変わりもするものです。
誰かの優しい手に触れたとき、自分がちっぽけに感じると同時に、感動する。こうやって手を取り合っていけたならまだまだ終点まで景色を眺めていたいなと思う。優しさは伝染する。
不思議?な映画。不思議というか、なんだろうな…。

観てる人に結論を委ねてるわけでは決してないのだけど、観てる側に考えることを促してる感じ?

私自身は自殺について、そこに行き着いてしまう人たちの気持ちが分かってしまうからしてはダメって思っていても、本人たちにとっては唯一の選択になってしまうのはとてもよく分かる。
よくわかるけど、一つのことに囚われて他の事が目に入らなくなるのも勿体無いなとも思った。季節の移り変わりのように、変わらない日々なんて無いし、夕焼けや星空を2度と見る事がなく、目を閉じるのも悲しい事だなって感じた。

カットは基本的に車の中か、車を上から追ってる構図で、音楽もなくただ日常の音だけで進んでいく。
でも徐々に主人公が自殺から考えが離れていくにつれ、花や緑、人の生活などで色が増えていく。凝り固まっていた考えから解放されて、周りの美しさに気づいていくのが見えてよかったな。
はい

はいの感想・評価

5.0
これまでの人生で素晴らしいと思ったことを振り返る。それがもう一度味わえるとしたら死ぬ躊躇となり得る筈。少なくともその記憶があるだけ自分はツイてる。

死にたいと思った時、こんな映画があったことを思い出してみる。

このレビューはネタバレを含みます

題名とキアロスタミの名前はよく耳にする程度のゼロ知識で鑑賞。イラン映画なんだ、イラン映画初めて観る、初めての異国の景色、丘陵の荒れ地、砂埃まう細い曲がりくねった崖地を行く車。何かに悲観し今晩崖下の穴に入って睡眠薬で自殺しようとしている男、明朝それを見届けてスコップで土を掛けてくれる人を探している。クルド人の若い兵隊、アフガン人の神学生に断わられる。車内での対話、頼まれて戸惑う相手の表情が実に素朴で自然で新鮮。3人目の老人は応諾するが自分の若い頃、甘い桑の実のお陰で自殺をとどまった話をして諫める。さて翌朝…。『蒲田行進曲』的意表を突く幕尻。雲間の月を穴の中から見上げて目を閉じた所でフェードアウト、果たして自殺を決行したのか?死んだのか?あの老人は約束通りやって来たのか?確定材料はない。自分はそこまでの流れの中に身を置いたとしてどうしただろうかと考えさせる。シンプルだけど圧倒的な絵力、貧困・政治・宗教的な幾多の課題で悩みを抱える全世界の弱い人々に発するメッセージが押しつけがましくなく、しかも強烈。
死と本気で向き合ったからこそ出てくるあの人の言葉に心が震えた。

気づかせてくれてありがとう。
mo

moの感想・評価

4.0
いろんな果物を経験して、自分の人生を見つめていこ。桜桃の味は忘れちゃだめだ

このレビューはネタバレを含みます

『桜桃の味』というタイトルから想像していたみずみずしさとは全く違う、土色と枯れ色と黄色、傾ぐ光に照らされた土と土埃の秋のテヘラン周辺部。コケル三部作で見た山の斜面に散在するマリモのような灌木もすっかり茶色くなって地面に溶け込んでいた。空気が澄んでいる日本の秋と違い、景色はもうもうとして霞んで見える。日本と逆で、夏は乾燥し、秋冬は湿度が高いからか、深刻な大気汚染の影響か。

主人公の車に乗るのはクルド人、アフガニスタン人、アゼリー人(通称トルコ人)。映画でアフガニスタン人をちゃんと見たのは初めてかも。しかも、モンゴロイド系のハザーラ人。神学生は中村哲先生に似た穏やかな人格者的な風貌をしていて、大変親近感を覚える。日本人はアフガニスタンではハザーラ人と間違えられることが多いというのも納得。ハザーラ人はペルシャ語系の言語を話すらしく、道理で普通に会話していた。アゼリー人=アゼルバイジャン人はイランの人口の¼を占める大集団らしい。

満足に学校に通えなかったというクルド人も、アフガニスタンからイランに来て下層労働に従事しているハザーラ人達も貧しそうだ。彼等と対照的にお金には困っていないらしい主人公。いくら切羽詰まっているとはいえ、クルド人のまだあどけなさが残る口の重い兵士に無茶な理屈を高圧的に押しつけ、神学生に対しても失礼な物言いをし、剥製師のおじさんの弱味につけ込むバディ氏の言葉はひどく、共感も同情もし得ないが、かといってそんなに嫌な顔つきではない。クルド人とハザーラ人の若者2人の微妙な表情が、『ホームワーク』の子供たちを思い起こさせる。

「この世のどんな母親もそれほど果物を揃えられない」。おじさんの言葉や、天国から見に来たくなる黄金色の紅葉の道にバディ氏の気持ちが動いたのは確かそうだが、結末はわからない。月色の窓、橙色を帯びた市街地の向こうに沈んでいく夕陽と雲間の月を、映画館の暗闇の中で観たかった。

メイキングかと思った最後の部分は、どうも季節が違う。草は緑で花が咲いている。わざわざ別に撮影したようだ。最初サマータイムかと思ったトランペットの曲は、ルイスアームストロングの1929年版「セントジェームズ病院ブルース」だそうだ。

おじさんが働いているのは、テヘラン北東部、山際にあるダー・アバド鳥獣自然博物館。背後に映っている山々は、東西に走るアルボルズ山脈の一部。アルボルズ山脈にはイラン最高峰5610mのダマーバント山はじめ、4000m級の峰々が連なってカスピ海とテヘラン側を隔てている。神戸のように北に行くにしたがって標高が高くなり、すぐ背後に富士山以上の高い山並みが屏風のように控えている高原都市テヘランは、その立体的でダイナミックな地形において、世界有数のフォトジェニックなメガシティではないかと思うのだが。

それにしても、キアロスタミはジグザグ坂道が好き。ていうか、イラン、線で引いたようなジグザグの道多過ぎ。
酢

酢の感想・評価

2.5
このテーマであのオチやるのは本当に逃げだと思うので危うく憤死しかけた。車内のみで会話を見せていくテクは凄い。工事現場の砂塵の中に主人公が佇むだけで死をプンプンに匂わせるのも良かった。
Haruki

Harukiの感想・評価

3.9
淡々と進むストーリーの中に漂う詩情。
国際問題と出自、仕事と金、生きるということをフワッとした空気感の会話で紡ぐ。

主人公は本気で死ぬ気は無かったのかも。
バゲリの言葉は胸に刺さる。

ドキュメンタリータッチの映像がリアリティを生んでいる。

ラストも衝撃的で斬新。
荒地が新緑に変わり、人生讃歌の様相を強める。

このレビューはネタバレを含みます

タイトルの「桜桃の味」は小津さんの「秋刀魚の味」から取ってるのかな。
これを観てからずっとラストについて考えていて、あの終わり方の映画は数あれどこの作品は急にキアロスタミに突き放されたような心地になり自分でもよく分からないくらい呆然としてしまった。
考えた末今まで観た中だとアントニオーニの「欲望」で受けた印象に近い気がする。
自殺をしようとした男が他人と触れ合ううちに考えを変え、世界の美しさに気付く。
でも人生そんなに都合よくないよ、生死は物語でも単純に描けないよとラストで言われたかのよう。考察サイトでは監督の優しさと書いたものもあったけどそうなのかな。
個人的にはとても現実的でシビアで容赦ない曲者感。

「桜桃の味」もイランでさくらんぼの農産が有名なのを考慮しても唐突。直前にしてたのは桑の実の話だし。
作中セリフのみで食べても出てきてもいない桜桃は秋刀魚と同じく宙に浮いていて、現実と虚構を分けるキーワードにも思える(小津映画のはまた別の使われ方だと思うけど)
監督のとあるインタビューでは観客の登場人物への感情移入を否定していて、 ‘自分の作品に出てくるのは登場人物ではなく形象である’らしい。
本作での男の名前も自殺の理由が一切明かされないのも頷ける。人の人生は誰にもコントロールできないし、バディの生死は監督にさえ操れない。
叙情的で朴訥とした優しさで満ち溢れた本編からの急降下というか急カーブ、完全に振り落とされて頭を打った。
でも本編(本編?)も素晴らしくて、人物の切り替えし(小津!)や同じ画面に2人を映さない徹底した姿勢、遠景からの撮影などとにかく良い。
映像は一度も映らなかったのに、ロープを持った男が木の上で熟れた桑の実を食べる情景や、ウズラの解剖の様子が不思議と頭に残ってて、言葉の力と見せない演出の相乗効果がすごい。穴の近くでずっと鳴いてたワンちゃんも見せてもらえなかったな。

最初にこれを観て混乱して監督の事がもっと知りたくなって友だち〜観たらまた印象分からなくなったので次はジグザグ3部作を観たい。
人生はそんな単純なものじゃないって言われた気がすると言いつつ、人生って意外と単純な気もするしたった一言やたった1つの出来事で救われたり傷ついたりする。インディアンは鬱にならないと本に書いてあったけどそれは自然と密接だからだそうで、自然の雄大さの前では自分がちっぽけに思える。人生に傷ついたら自然に触れよという心理療法もあるし、だからこの映画では自然が強調されてるのかなと思った。
相変わらず全部妄想で喋ってるから監督の意図とは違うかも。
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