マヒロ

スリー・ビルボードのマヒロのレビュー・感想・評価

スリー・ビルボード(2017年製作の映画)
3.5
娘を残忍な手で殺された母親・ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)が、なかなか進まない捜査に対して町外れの巨大看板にでかでかと不満を掲示し出したことから、小さな町で騒動が巻き起こる…というお話。

田舎町で殺人事件、そしてフランシス・マクドーマンドが主演となるとやっぱり『ファーゴ』が連想されるけど、コーエン兄弟的なシニカルでブラックな笑いが繰り広げられるのか…と思っていると、どうやらそうではないということがだんだん分かってくる。

主要人物はその母親と、看板で糾弾された警察署長のウィロビー(ウディ・ハレルソン)、その部下のディクソン(サム・ロックウェル)の三人。あらすじからは警察の怠慢と戦う母親という図が想像されるんだけど、三人それぞれの人となりが分かってくると、そう単純な話でもないというところが見えてくるのが面白い。
ミルドレッドの行動は徐々にエスカレートしていき、町の人からも白い目で見られるようになっていく。その佇まいは西部劇のヒーロー(ジョン・ウェインとかクリント・イーストウッド)を意識しているらしく、確かにそういった「我が道を行く」といった感じの振る舞いは、やり過ぎだろうと思いつつもなかなか格好良かった。侮辱してきた学生の股ぐらを蹴っ飛ばすシーンは笑った。
ウィロビーとディクソンに関しても、両者ともある複雑な事情を抱えてはいるものの、決して怠け者だったり悪徳警官だったりするわけではない。…ディクソンの方は差別的だったり暴力的だったり問題はありだが。

先に挙げたコーエン兄弟の映画と決定的に違うところは基本的に性善説的な話になっていくところで、一部の極悪人を除けば全員が悪意でもって動いているわけでなく、自分の考えが間違っていないと信じるあまりに意地を張っているに過ぎない。
マクドナー監督の前作『セブン・サイコパス』では、様々なサイコパスが組んず解れつなバイオレンスコメディが次第に男の友情ものへと変貌していったけど、今作でも同じように、頑固者の意地の張り合いが徐々にその憎悪の対象を如何にして赦すかというテーマに変わっていく。手紙だったりオレンジジュースだったり、あるアイテムによってその人の心が氷解していくシーンは、俳優陣の演技も相まって素晴らしい。

観客の予想をとことん裏切ってくる展開の巧みさには舌を巻いたけど、芯の部分は思った以上に分かり易い物語だったことが、若干の物足りなさを感じる要因にもなってしまったかも。

(2018.13)[3]
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