
2011年3月。舞台は福島第一原発の北22kmの福島県南相馬市萱浜地区。集落は津波によって壊滅的な被害に見舞われた。消防団員の上野敬幸さんは、萱浜地区の自宅にいた両親と子供2人が津波に巻き込まれた。行方不明の4人を捜している最中に福島第一原発が爆発する。市民は一斉に避難を始め、警察も自衛隊も救助には来ない。上野さんは避難を拒みその場にとどまった。仲間との捜索の末、40人余りの遺体を発見する。その中には上野さんの8歳の長女もいた。そして3歳の長男は行方不明に…。変わり果てた故郷には、上野さんの被災した自宅だけが一軒遺されていた。「ずーっと、置いてきぼりだ。ここは。」1年後、カメラを前に語る上野さんの独白と共に、物語は始まるー。 福島県沿岸部にある第一原発周辺の町では、行方不明者が見つかる可能性の高い瓦礫が手付かずのまま残されてきた。震災から数年がかりで、いくつもの遺体が瓦礫から見つかっている。そんな場所で捜索を続ける傍ら、上野さんは、守れなかった子ども達のために自分に出来ることは何かと問い続ける。そして、根こそぎ流された故郷・萱浜に菜の花の種を蒔いた。「天国の人達を安心させたいからー。」ここに再び、笑顔を取り戻そうと心に決めた。 そんな頃、同じく原発事故のために捜索が滞った大熊町で、行方不明の娘を自力で捜す木村紀夫さんと出会う。「あんなに困っている人がいるのに、日本は何にもしないのか。そのくせ、絆とか、復興とか…。」そういって上野さんは、高線量のためバリケードに囲まれ「帰還困難区域」となった大熊町で木村さんと共に捜索を始める。一方、震災後に生まれた上野さんの次女は成長と共に会ったことのない兄と姉への想いを募らせるようになる。 震災から5年以上を経て、それぞれの家族の物語は、それぞれの結末を迎える。これは、過酷な運命に抗おうと懸命に生き続けた家族たちの“命”の物語である。
大阪・泉南地域の石綿(アスベスト)工場の元労働者とその親族が、損害賠償を求め、国を訴えた“泉南・アスベスト国賠訴訟”。その8年にわたる闘いの全てを記録したドキュメンタリー。
東日本大震災から6年目を迎える 宮城県、岩手県、福島県で前を向いて生きる人々の姿を優しく映し出すドキュメンタリー。 家族を失った夫婦、震災を風化させないための語り部、伝統を受け継いでいく…
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>>続きを読む沙織は障害者専門のデリヘル嬢。軽い動機でこの業界に飛び込んだ彼女は出勤初日からショックを受ける。全身タトゥーの入った進行性筋ジストロフィー患者、自らの病気をネタに本番を要求する客、そしてバ…
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>>続きを読む大量破壊兵器保有を口実に、2003 年 3 月の米英軍によるバグダッド空爆から始まったイ ラク戦争。2011 年にオバマ米大統領が「イラク戦争終結」を宣言し、米軍はイラクから撤 退したが、…
>>続きを読む東京電力福島第一原子力発電所から20キロ圏内の南相馬市原町区江井地区。2011年4月3日、津波と放射能汚染と強制退去で様変わりした相馬へ、監督は救援物資を携えて向かった。時に避難所で寝泊ま…
>>続きを読む©Rain field Production